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失われた30年と「ルバイヤート」続:身捨つるほどの祖国はありや3

Japan In-depth / 2021年3月7日 18時0分

日本製鉄による東京製綱に対する敵対的TOBをどう思うか、意見を聞きたいというご依頼だった。





これにも私は喜んで応じた。





その昔、2006年、私は弁護士として日本初の本格的敵対的TOBと言われた王子製紙による北越製紙に対するTOBで、北越側の代理を務めたことがある。反対し、成功した。あの時には、有力紙の記者の方に、「あなたは日本企業の復活を20年遅らせた」とお𠮟りをいただいたものである。もちろん、私が北越の勝利を導いたわけではない。北越のトップ、役員、従業員の方々の力である。





私は、日本製鉄と東京製綱の闘いについてまとめてくれた私の所属する事務所のシンク・タンクの報告メモを読みながら、誰も核心を突いていないと感じないではいられなかった。





あれは、日本製鉄と東京製綱の闘いの形をとってはいるが、実質は日本製鉄の一大プロジェクトなのだと言うのが、私の意見だと申し上げた。





未だ紙面に出ていないので、今回はこれ以上は控えたい。近く、日刊紙に掲載される予定である。





こんな生活を送りながら、私は日々の所要をこなし、少しの読書を愉しんでもいた。





たとえば、『ルバイヤート』という詩集である。もう何回読んだことか。今回、『ルバイヤートの謎』(金子民雄 集英社 2016年刊)という本を5年前に買っていたことに気付き、読み、その後、当然のように『ルバイヤート』を読み返したのである。





ご存じの方も多いのではないか。もちろん、小川亮作という方の訳した岩波文庫である。





私は金子さんのおかげで、小川亮作氏が「外交官として昭和初期にペルシア(現イラン)のテヘランに三年間赴任した。」と知った。(『ルバイヤートの謎』69頁)





小川氏は1910年に生まれた方のようだから、昭和初期には20歳ほどでしかない計算になる。なにか語学研修のためででもあったのか。今の私にはわからない。





ただ、私は昔から『ルバイヤート』を好んでいた。それは、「袖の上の埃を払うにも静かにしよう、それとても花の乙女の変え姿よ。」(『ルバイヤート』小川亮作訳 岩波文庫 53頁)と、エッセイに引用したほどである。(弊著『日本よ、いったい何を怖れているのか』181頁)









▲画像 筆者著書「日本よ、いったい何を怖れているのか」 出典:株式会社幻冬舎





袖の埃。確かに、『ルバイヤート』を著した11世紀ペルシアの詩人オマル・ハイヤームの言うとおりに違いない。だが、そういい出せば、左の袖の埃が花の乙女の変え姿だとしても、右の袖にある埃、それは織田信長の変え姿かもしれない。もちろん、そうした歴史上知られた人物ではない可能性のほうがずっと高い。





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