法改正が後手に回ると(下)「墓石安全論」を排す その2
Japan In-depth / 2021年4月24日 23時37分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・法律は完璧ではなく、時代の変化に応じて手直しされて行くもの。
・飲酒運転、ストーカーなど厳罰化による一定の効果が見られる例も。
・これ以上の被害者を出さないよう、虐待についても警察の早期介入を認めるべき。
2008年に起きた秋葉原連続殺傷事件を機に、ネット上での「犯行予告」について、それ自体が脅迫罪に当たるとして取り締まられるようになった、と述べた。
逆に言うと、それ以前はネット上で「通り魔やります」と書いても警察は動かなったのだ。その理由は一種の「不能犯」と見なされていたから、と解釈する向きが多い。
不能犯の典型的な例が「丑の刻参り」である。誰かに見立てた藁人形に五寸釘を打ち込む例のやつだが、呪いを込めて藁人形に五寸釘を打ち込んでも、それで人が死ぬはずはないので、これは殺人予備罪に該当しないとされてきた。ただし、その動画を相手に送りつけたりすれば、今の法解釈ではれっきとした脅迫罪になる。ネット上の犯行予告もこれと同列に判断されるようになったわけだ。
もうひとつ、刑事罰というものは、実際に犯罪が行われてからでなくては科すことができない、という考え方もあったことを指摘しておきたい。不能犯は処罰されないというのも、この考え方に非常に近いものであるし、犯行予告の段階で犯罪の構成要件を満たしているとするのは、一種の「予防拘禁」ではないかという声も実際に聞かれた。犯罪を犯す可能性がある、と判断された人物を拘束し、行動の自由を奪うことで犯行を不可能にしてしまおう、というのが予防拘禁で、今では信じがたいことだが、20世紀まで多くの国の法体系の中に、こうした制度が存在したのである。
この例でもお分かりのように、法律はもともと完璧ではなく、時代の変化に応じて手直しされて行くものなのだ。また、前回の最後に私が「墓石安全論」も頭から否定する気にはなれないと述べたのも、事件が起きてもいないのに、危険なものはなんでも取り締まれというのでは、安全どころか住みにくい世の中になってしまう恐れがある、というのが真意だとご理解いただきたい。銃刀法の問題にせよ、「刃物それ自体に罪があるわけではなく、あくまでも持ち主の心がけの問題」だと言われれば、反論は難しいのではないか。
米国では、乱射事件が起きるたびに銃規制論議が高まるが、最終的にはこの次元に帰着してしまう。具体的には、銃を購入する際の身元確認の厳格化などで事足れりということになるのだ。わが国でも、2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件の後、給油ではなくガソリンを容器で購入する場合、身元を確認するようになった。
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