あらためて死刑廃止論ずべき(下)「墓石安全論」を排す 最終回
Japan In-depth / 2021年4月28日 19時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・和歌山毒物カレー事件は物証なし。曖昧証言で死刑にすべきでない。
・ユダヤ人虐殺は死刑制度の乱用。欧州各国は反省し、死刑制度を廃した。
・「死刑冤罪」相次ぐと法の支配への信頼が揺らぐ。この一点で死刑廃止論は優越する。
和歌山毒物カレー事件の犯人とされた主婦は、すでに広く知られる通り死刑判決が確定しており、この原稿を書いている2021年4月の段階では、再審請求中ながら死刑囚として大阪拘置所に収監されたままである。
私が本件について、死刑にすべきではない案件だと述べたのは、当人が犯行を否認し続けているのみならず、物証がなにひとつないからである。
もちろん、死刑判決を受けた側の言い分を鵜呑みにしているわけではない。むしろ、当人が捜査段階で語ったとされる、
「そんな1円にもならないこと、しますかいな」
という弁明は、いささか説得力に欠けるとさえ私は思う。
シリーズの最初に取り上げた、秋葉原連続殺傷事件とて「1円にもならない犯行」であったと言えばその通りであるし、第三者には理解を絶するような動機でもって犯罪に走る人間は(遺憾なことではあるが事実問題として)結構いるものだ。
裁判でも、この点は繰り返し問題となったのだが、最高裁判決(2009年5月18日付)において、
「動機が解明されていないことは、被告が犯人であるとの認定を左右するものではない」
「鑑定結果や状況証拠から、被告が犯人であることは証明された」
として、一審(2002年12月11日・和歌山地裁)および控訴審(2005年6月28日・大阪高裁)が下した死刑判決を支持している。早い話が、
「なんのために人を殺したのかは分からないが、被告が犯人であることは証拠上明らかだ」
というわけだ。
そうであれば、その証拠が本当に信ずるに足るものかどうかだが、なんと「鑑定結果」が変遷している。当初は「カレーに混入していたヒ素と、容疑者(当時)の自宅から見つかったそれは同一のもの」とされ、その通り報じられた。
しかしながら弁護側が再調査した結果、そもそも具体的な鑑定依頼の内容は、
「この二種類のヒ素が、同じ生産拠点で作られ、同じルートで輸入されたものかどうか」
を確かめてほしいというものであったことと、二種類のヒ素については「同一のものであったとしても矛盾しない」という以上のものではないことが明らかとなった。後には京都大学の研究者らによって、この検定結果自体、批判されている。
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