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意外と深い「時そば」の世界観 方言とソウルフードについて その4

Japan In-depth / 2022年4月26日 7時59分

 箸についてさらに言えば、ヨーロッパでナイフとフォークを使う食事法が普及したのは、17世紀頃のことである(イタリアではもう少し遡れるらしいが)。それ以前はと言うと、肉をナイフで切って、そのまま突き刺して食べ、最後はナイフの切っ先を爪楊枝のようにして、歯の間に挟まった肉をそぎ取っていたのだ。これでは危ないから、ということでフォークが普及したようなわけで、1000年以上も前から箸を使いこなしてきたわれら大和民族に対して、したり顔でテーブルマナーとやらを説く手合いなど、それこそ「攘夷」の対象にしてよいとさえ思う。


まあ、洋食がこれだけ普及した今、テーブルマナーの有用性そのものまで否定する考えはないが、音を立てて蕎麦を食べるのはマナー違反だ、などと言われると、江戸っ子を自認してなどいない(板橋区出身なので笑)私でさえ、


「べらぼうめぇ、そば湯で顔洗って出直してきやがれ、この南蛮かぶれのスットコドッコイ」


 などと、啖呵のひとつも切りたくなってしまうのだ。


 さらには「ものは器で食わせる、ってえが、ほんとだな」などと言って、丼まで褒める。


 これまたヨーロッパを引き合いに出すと、食器に絵付けをするようになったのは、東洋からの影響に違いない。詳細な歴史についてまで私の調べは行き届いていないが、英語で陶器のことをChina、漆器のことをJapanと表現することからも、容易に想像できることではないだろうか。


 フランス料理など、器や盛り付けにこだわるのではないか、と言われるかも知れぬが、あれはそもそもヌーベル・キュイジーヌ・フランセーズ(新しいフランス料理)と言って、素材の選び方から盛りつけまで、和食から強い影響を受けたものなのだ。


 前々からよく言われていることだが、江戸時代の後期と言えば、日本の国風文化(ごく大雑把に言えば、10世紀以降、中国文化から相対的に自立して発展してきた文化)が、もっとも成熟した時期で、屋台の蕎麦ひとつにも、それが反映されている。


 こうした知識を仕込んだ上で『時そば』を聞いたなら、江戸落語と日本の食文化の、新たな魅力に気づくことができると思う。


(その1、その2、その3)


トップ写真)ニューヨーク「松玄」のごまだれ蕎麦 アメリカ・ニューヨーク


出典)Photo by Ramin Talaie/Corbis via Getty Images


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