平成22年の年賀状「明治の日本、戦後高度成長の日本」・「場所と私、人生の時の流れ、思いがけない喜び」・「紅茶と結石と年賀状」
Japan In-depth / 2023年8月16日 23時0分
私の雁の列は長かった。50人ははるかに超えていたろう。それが一列になって、と想像したわけだ。54歳で永田町。私の気持ちの上ではもっと若いときのことのような気がしてならない。せいぜい42,3歳。私は大いに張り切っていたと思う。やはり江藤さんと同じかもしれない。
大家さんである三菱地所に拡張をお願いしたら、南青山のツイン・ビルではワン・フロアが350坪なので将来の拡大に限界がある、これを機会に山王パークタワーに移っては如何ですか、と勧められたのだった。まことに有難いお話だった。正面玄関というものがない青山のツインビルと比べて堂々とした外観と玄関で、ワンフロアも広く、天井も高かった。駐車場もきれいだった。しかも、ビルが大きいから将来の借り増しもできる。申し分がなかった。
それでも、南青山という素敵な名前の場所から永田町という地名の場所に移るのは、すこし抵抗があった。永田町では、政治家の巣ではないか、そこには力と汚れたイメージがある。それは司法に携わる者の本拠にはふさわしくない、という思いだった。
ずいぶん昔のことのような気がする。それはそうだろう。もう20年にもなるのだ。
そこへ、父親が兄や姉それに私の子どもたちとともに訪ねてくれたことがあった。母親はもういなかった。休日の、誰もいない広いひろい事務所のなかを、キャスターのついた椅子を車いす替わりにして、あちらこちら見せてまわった。
そのとき父には近くにあるホテル・オークラの広い部屋に泊まってもらった。馴染みのホテルのKさんが手配してくれた部屋のそのベッドの柔らかさ具合が父はいたく気に入り、同じベッドを手配して広島の自宅に置きたいと言い出したりした。地下の久兵衛という名の寿司屋へ行ったときには、カウンターに並んですわると、手のひらでカウンターを撫でながら、こういう白木のカウンターのある店で寿司を食べたかったんだ、と喜んでくれた。
その父がなくなったのは2010年だから、その何年前のことになるのか。引っ越したのが2004年、母が亡くなったのが2005年である。
「毎晩、ベッドのなかで漱石を読んで、それから目を閉じます。」だったのが、今では毎晩ベッドのなかで目を閉じて漱石の朗読を聴き、に変わっている。なんどもなんども『心』の朗読を聴きながら寝入るのが習慣になっているのだ。夜中に目が覚めると未だスマホの朗読が続いている。つまり一部だけ聞いたところで、知らない間に寝入っているのだ。それが常である。
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