「動学的不整合」~約束を破る誘因~
Japan In-depth / 2023年11月9日 7時3分
神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)
「神津多可思の金融経済を読む」
【まとめ】
・「動学的不整合」とは、必ずそうすると約束するが、事情が変わって最後には約束を破る誘因が高まること。
・現在の日本銀行もまた、動学的不整合の問題に直面している。
・情報の開示、その伝達のあり方は、動学的不整合を乗り越える上で極めて重要。
大仰な言葉に感じるが、「動学的不整合」という訳語が経済学の文献に出てくる。”dynamic inconsistency”を日本語にしたものだ。ここでの”dynamic”は一定の時間の経過を意味している。そして、その間に繰り返すやり取りの結果を考える。最初に、必ずそうすると約束をして、そのやり取りを長続きさせ、しかしその内に事情が変わって、最後には約束を破る誘因が高まることを論理的に表現する試みと言って良いだろう。世の中には良くあることのような気がする。ここでの”inconsistency”とは、予めの約束とは違う行動をするのが合理的になる点を表現している。
■金融政策における動学的不整合
この動学的不整合は、金融政策についてしばしば語られてきた。現在の日本とは違う設定だが、かなり高いインフレ率を引き下げようとしている中央銀行が、企業や家計のインフレ期待を引き下げるために、インフレ抑制的な金融政策を維持すると宣言する。それを企業や家計が信じて、実際に時間の経過とともにインフレが鎮静化していくとする。他方で、金融引締めをやれば、当然、経済は減速するので、経済成長にも関心のある中央銀行には、どこからか引締めを止める誘因が生じる。
その時、経済の実力について中央銀行と企業・家計の認識が一致していれば、一定のところまでインフレが抑制されれば、さすがに金融引締めを止めても良いというコンセンサスが形成され、万事うまく収まる。しかし、その認識が一致していないと、最後の最後で企業・家計にとっては予想外の金融緩和を中央銀行が行い、中央銀行は低インフレと高成長の両方を手に入れることができる。動学的不整合のモデルはそうした過程を記述しようとしている。
そうした面もあるので、インフレ目標といった発想も出てきたのだろう。中央銀行と企業・家計の間に理想的なインフレ率についてのコンセンサスがあれば、そのような動学的不整合は起こらない。ここで注意すべきは、この議論はインフレ率の引き下げを想定してのものだったということである。
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