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ヘイ、JUDO!今から次の五輪が楽しみ その2

Japan In-depth / 2024年8月9日 18時0分

 要は選手よりも、水準に達していない審判を起用した主催者側こそ批判されて然るべきだと思うが、混合団体戦でも日本のエースが敗れる一幕があり、この時には技それ自体が物議を醸した。





 男子66㎏級で二連覇を成し遂げた阿部一二三選手(前述の阿部詩選手の実兄)が、フランスの73㎏級銀メダリストであるジョアンバンジャマン・ガバ選手と対戦。一階級上の相手を果敢に攻め続け、延長戦までもつれ込んだが、最後は一本負けを喫した。





 この時ガバ選手が繰り出した技が、まるでラグビーのタックルのようであったとして、





「あんなの柔道と認めたくない」「フランスではレスリングをJUDOと呼ぶのか」





などという声が上がったのである。





 実は「肩車」というれっきとした柔道技なのだが、2008年の北京五輪以降、柔道のルールが変更されたことに対応して、ヨーロッパの選手たちがアレンジしたらしい。





 もともと柔道には「諸手刈り」と言って、まさしくタックルのように相手の両足を抱え込むようにして倒す技があったのだが、IJF(国際柔道連盟)はこのような「足取り技」を禁じ手とした。理由は、柔道を初めて見た人たちから





「レスリングやサンボとどこが違うのか」





との疑問が寄せられたからだとか。





 ただ、この時のガバ選手のように、極端に低い姿勢で突っ込んでから相手の両足の間に片腕を入れて、そのまま担ぎ上げた場合には「足取り」とは見なされない。





 人の心の中までは分からないが、阿部選手の側では、足取り禁止のルールがあるので、相手が下半身めがけて突っ込んでくるとは予想していなかったのかも知れない。試合後のガバ選手のコメントは、





「彼に勝つためには、多少クレージーなことをしなければならなかった」





というものであった。





 このように、観戦スポーツとしての面白さを追求した結果ルールまで改正してしまうというのが、柔道をJUDOに変質させてしまった最大の原因だろう。





 この傾向は、実は前世紀から見られるもので、私は、前述した山下泰裕氏にインタビューした際、会場にいたBJF(英国柔道連盟)の関係者からも話を聞いている。彼らは、





「JUDOはスポーツだ」





と明言した上で、試合を一段とエキサイティングなものにすべく、大技のポイントは高く、寝技のポイントは低くすることも考えている、と語っていた。なら、いっそのことバックドロップ(もともと柔道の裏投げが原型である)やコブラツイスト(考えようでは、一種の絞め技だ)も技として認めたらどうだ、などと思ったが、さすがに口には出さなかった笑。





 いずれにせよ、このような論理で動く彼ら欧米の柔道家、もといJUDOパーソンらは、日本古来の柔道の精神文化や美学など、事実上、相手にしていない。





 あえて厳しいことを言うが、そうした傾向にほとんど抵抗しなかった日本の柔道界も、情けないと思う。





 2008年の北京五輪以降、柔道のルールが改正されたと述べたが、今次のパリ五輪で、幾度も「疑惑の判定」が取り沙汰されたのを機に、古来の柔道に戻すべき、という議論が盛り上がることは、ないものだろうか。





トップ写真:柔道男子66キロ級の日本・阿部一二三選手とタジキスタン・ヌラリ・エモマリ選手による試合(2024年7月28日、パリ)





出典:Photo by Michael Reaves/Getty Images





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