1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

《実名告発》神父から受け続けた性暴力、被害者女性「従えば苦しみから救われると信じていた」

週刊女性PRIME / 2024年3月15日 6時0分

田中時枝さん 撮影/山田智絵(田中さん)

「五ノ井(里奈)さんが『性暴力を受けたことで夢や生きがいを奪われた』と話されていて、『私と同じだ』と思いました。自分の人生を取り戻すためにも、またこれ以上、同じような被害を増やさないためにも声をあげようと決意したのです」

 こう話すのは、2023年、カトリック教会の神言修道会を訴えた、カトリック信者で看護師の田中時枝さん(63歳)だ。

被害者が実名で性暴力を告白

 ジャーナリストの伊藤詩織さんや元自衛隊員の五ノ井里奈さんをはじめ、実名で性被害を公表し、裁判を起こす人が増えてきた。

 故・ジャニー喜多川氏をはじめ、権力を持った人物からの性暴力は多いが、宗教団体の聖職者による性暴力も例外ではない。

 田中さんが所属していた教会は神言修道会により運営されていた。神言修道会は1875年に創設されたカトリック教会の修道会だ。日本には1907年ごろに到来し、約30の小教区、6つの修道院、加えて南山大学をはじめとする学校法人も抱える、影響力の大きいキリスト教系宗教団体である。

 田中さんは、長崎の神言修道会のチリ人神父から「霊的指導」として5年近くもの間、性暴力を受け、写真や動画まで撮影されていたという。

 聖職者による性暴力はこれまでも数々報道されているが、神を信じるまじめな信者が逆らえない構図があって悪質だ。

 また、田中さんが被害に遭った背景には、未成年のときに母の交際相手から受けた性的虐待も関係している。田中さんがつらい過去の経験から話してくれた。

「幼いころから両親はケンカが絶えず、母が突然いなくなることも多かったんです。すると父は私を責め、『母がいなくなるのは私のせいだ』と思い込むようになり、不安で自信が持てない幼少期を過ごしました。

 中学3年生のとき、母が事故で入院したのですが、その間に母の知り合いの男性が勝手に家に入ってきて性暴力を受けました。当時は自分が何をされているのかもわからず、恐怖で怯えました」

 その男性は母の不倫相手だったが母は見て見ぬふり。母には「女になった」とからかわれ、被害をまったく取り合ってもらえなかったという。そして、高校を卒業するまでその男性からたびたび性交を強いられた。

「学校の先生に話しても性暴力だと思ってもらえませんでした。男性の奥さんにも訴えましたが『おたくにメリットがあるから夫と寝ているんでしょう』と言われ、誰にも守ってもらうことができませんでした」

 この異常な環境によりPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した田中さん。それでもなんとか生きていこうと頑張ってきた。高校卒業後は家を出て、働きながら勉強をして看護師の資格を取得。結婚して長女にも恵まれたが、いつまでたっても「自分の人生を生きている」という感覚を持つことはできなかった。

「仕事で認められても、子どもが生まれても、いつも不安なんです。仕事でトラブルがあると『自分が悪い』と思い込んで、仕事を抱え込んでしまったり……。『自分は汚れている』『やっぱり自分は生きていてはダメなんだ』と思い詰めることもありました」

 そんな中で救いを求めたのが信仰で、田中さんは長女を妊娠中の1991年に北海道の教会で洗礼を受けてカトリック信者になった。2000年に長崎に引っ越してからはカトリックの学びを深め毎日教会のミサに通うようになった。

「祈りの間は心が安らぐので、神の教えを信じて、信仰を続けてきました。看護師やケアマネジャーの仕事を選んだのは、自分が助けてもらえなかったからこそ、人を助けたいという思いがあったのだと思います」

信者を言葉巧みに誘導し、性交を強制する神父

 しかし、田中さんの信仰心を利用する人物が現れる。長女が深刻な病気にかかり、大きな手術を受けなければならなくなって、不安でパニックになってしまったときのことだ。

「とにかく娘が死なないよう神父さんにお祈りをお願いしました。そのとき『告解(ゆるしの秘跡)』と呼ばれる儀式で、神父を通して悩みや苦しみを神様に話せば心が穏やかになれると言われたのです」

 映画やドラマでも教会での告解のシーンはよく描かれるので、イメージできる人も多いだろう。田中さんは、当時通っていた長崎の「カトリック西町教会」で、前出のチリ人神父に過去の性被害を打ち明け、救いを求めた。

 その後、長女は回復して元気になったが、神父からは信仰とは関係のないことを頼まれることが多くなったという。

「日本語を教えてほしいとか、健康診断を受けたいから泊まれる病院を探してほしいといった連絡があり、話をする機会が次第に増えていったのです。そして『苦しみから解放されるためにはやり直しをしなければならない』と言われ、霊的指導という目的で性交を強いられるようになりました」

 田中さんには夫もおり、「なぜ抵抗しなかったのか」と思う人もいるかもしれない。しかし、過去に性被害に遭い、PTSDになっている田中さんは、強圧的な態度の人に会うと、恐怖で抵抗できなくなり、「逃げると殺される」「自分が悪い」と思い込んでしまう。さらに「神父に従えば苦しみから救われる」という洗脳もあったという。

「治療と称する性交で、写真や動画を撮影されることもあり、ただただ怯えるばかりでした。苦しみから解放されるどころか、苦しみが増すばかりで、精神科の医院に通って治療を受けたのですが、そこで初めて神父の行為は性暴力だと認識できるようになったのです」

カトリック修道会が組織ぐるみで隠蔽

 田中さんはまず長崎大司教区人権相談室に神父の性加害を訴え、その後、神父が所属する神言修道会に抗議を行った。修道会は神父の罪を認め、「聖職停止令」を交付。その理由は次のように明記されていた。

・性犯罪を行い、貞潔の誓願を破ったと告発されていること

・彼の司祭としての行動は信者の間に嫌悪感を抱かせたこと

・将来スキャンダルを引き起こす可能性があること

 修道会は神父に100万円を渡して母国・チリに帰国させ、3年間カウンセリングを受けさせるという指導を行った。

 しかし田中さんに大きな衝撃をもたらしたのが、その神父が再来日し、日本人の女性信者と結婚し、還俗して日本国内で生活していたという事実だ。修道会はそのことを知っていたにもかかわらず、田中さんには「チリに帰国したままだ」と伝えていたという。

「すぐに日本に戻ってきていたなんて、罪の意識があるとは思えません。修道会も私が受けた苦痛をまったく理解せず、神父の逃亡を手助けしていたのだと失望しました」

 修道会は一度は神父の罪を認めながらも、朝日新聞の取材には「神父は性行為を否定していた」と回答している。さらに田中さんのことを「精神科に通っていて妄想がある」と書いた文書を神父たちに配るといった行為もしていた。

 田中さんの代理人である秋田一惠弁護士は「神父は告解を利用して彼女の重大な秘密を知り、それに乗じて性加害を繰り返した。修道会は性被害の事実と加害者を組織的に隠蔽している」と非難している。

 田中さんは、被害時の画像や動画が流出することを恐れており、受け渡しを求めているが、修道会から対処の連絡はない。現在も抑うつ状態が慢性的に続いており、精神科医のサポートを受けているが、苦しい日々を送っている。

バチカンからの対処を望み、自助グループも結成

 信仰心の篤い田中さんは、神父に刑事罰を望むのではなく、「自分が何をやったかを見つめて改心してほしい」と考えていた。しかし、組織から変えていかなければ、同じような犯罪はまた起こってしまう。

 最高機関であるバチカンは性的虐待防止などのガイドラインの作成や窓口の設置などを世界のカトリック教会に指示しているというが、田中さんの事例からは機能していないことがわかる。

 2023年10月、秋田弁護士からの助言もあり、田中さんはローマ教皇にあてて被害を訴える手紙を出した。

「神父を告発することは神への裏切りではないかと考え、被害に遭っても訴えられない人も多いと思います。神父と修道会の罪を明らかにし、私の自尊心を取り戻す手助けをしてほしいと伝えました」

 修道会は田中さんの訴えをどう考えているのか、週刊女性からも神言修道会日本管区センターに取材を申し込んだが、「係争中のため回答は差し控える」という返事だった。

 聖職者からの性暴力は、キリスト教だけではない。今年、四国に住む50代の尼僧の叡敦さんは、天台宗の寺の60代の住職から「逆らうと地獄に落ちる」などと恫喝され、繰り返し性暴力を受けたと訴えた。この住職を紹介した80代の大僧正に助けを求めても相手にされなかったというから、田中さんの被害と構図は似ている。

 田中さんは傷つき、苦しみながらも、信仰を捨てたわけではない。現在では自分と同じように聖職者から性暴力を受けた人たちが回復を目指す自助グループ「みのりの会」を主宰している。

「力を取り戻すこと、幸せになること、本来の信仰のあり方を取り戻すことを目指し、学び合い、共に支え合っていきます」と田中さんは話す。

 秋田弁護士は、サバイバーである田中さんが持っている力が社会を動かすと考えている。

「田中さんは性暴力に遭い、さらに周りに訴えても助けてもらえないという状況を2度も経験しながらも、生き抜いてきました。性加害を世間に公表することは、顔や名前を隠して恥ずべきではないことを社会にも示しています。堂々と闘う田中さんの姿が性被害を受けた人々を勇気づけられるのではと願っています。裁判は尊厳をかけて闘う一つの手段です」

【性被害を実名で告白した主な女性たち】

◆伊藤詩織さん

元TBS記者の男性から性暴力被害を受けたことを告白。元記者を訴えた民事訴訟では、性暴力被害が認定され被告に約330万円の支払いを命じる判決が’22年7月に確定

◆五ノ井里奈さん

陸上自衛隊に所属していた2021年の6月~8月、複数の上官から集団でセクハラを受けたことをYouTubeで告白。上官たちの行為は’23年12月福島地裁で強制わいせつ罪と認定された

◆桐貴清羽(きりたか・きよは)さん

中学卒業後、置屋に仕込みとして入り、16歳で舞妓デビューしたのちにさまざまなセクハラやパワハラを経験したことをTwitter(現・X)上で告白

◆叡敦(えいちょう)さん

2009年から約14年間にわたり、天台宗寺院の60代の男性住職に信仰につけ込んだ性暴力と心理的支配をされていたと告白。天台宗務庁に住職らの懲戒処分請求をした

取材・文/紀和 静

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください