平成の音楽シーンを席巻した『小室ミュージック』を大学の授業で教授に聴かせてみた結果|中川淳一郎

TABLO / 2019年6月18日 16時0分

Globe「DEPARTURES」が小室音楽の全盛期だと個人的に思います(編集部)

 平成初期の1990年代の曲にはいくつものミリオンセラーがあった。CHAGEandASKA、Dreams Come True、Mr. Childrenなど様々なバンドや歌手がミリオンを記録したが、その中でも一つの「軍団」ともいえたのがいわゆる「小室ファミリー」である。

 trf、篠原涼子、H jungle with t、globe、安室奈美恵、華原朋美などがその代表格だが、とにかく売れまくった。CMにも使われるほか、私はブームのピークの頃は大学生だったためカラオケでもよく歌われていた。その後、CDアルバムはブックオフの100円コーナーに大量に並ぶこととなるのだが、1993年に大学に入学してから常に自分の周りの音楽は「小室ファミリー」によるものだった。松任谷由実やサザンオールスターズも健在だったし、時々Puffyが出てきたりしたものの、やはり小室ファミリーこそが商業の世界では王者だった。

関連記事:謎のメッセージを残して姿を消した華原朋美 半年以上経って今なにをしているのかが判明! | TABLO

 そんな中、商学部の授業で「商品評価論」というものがあった。先生が理系出身のため、商品の「官能検査」などをして、材料の違いなどから原価やら味の違いを探るといった講座だった。チームを組み、複数の醤油を皆で舐めたり、時には沸騰させて残った粉から何かを読み解くなどした。

 毎回同一テーマで各チームが実験をし、発表をしていたのだが、ある時は自由演技というか、各チームが好きなテーマを見つけ、それを発表する回もあった。我々3年生は3人いて、4年生が3人のチームだったが、お茶目なA先輩が、「今度、小室ファミリーを調べようぜ。なんであんなに売れているのか、といったことを分析しよう。K先生、多分聴いたことないから、まずはこの“小室現象”を伝えることも先生の役に立つんじゃないかな」と提案。

 それは確かに面白いと思ったし、当時50代後半で、私のゼミの担当教官だったK先生は演歌が好きなので、小室サウンズはきっと知らないことだろう。

先生が激怒し、髪をかきあげた そしてA先輩の見事な切り替えし

 そして、発表の当日、プレゼンテーターのA先輩は、trf、篠原涼子、globe(2曲)の歌の一部を次々と編集済みのMDで流し始めた。最初は神妙な顔をして聴いていたK先生だったが、途中から明らかに不快感を露わにし始めた。K先生は怒りがMAXに達するとそのロン毛を両手で高速でかき上げるのが癖だった。3組目となるglobeの歌は2曲用意していたのだが、1曲目のサビに入ったあたりで、「まだ終わらないのか!」と叫んだ。

 A先輩は「も~少しで終わります! 先生、もう少し我慢してください!」となだめる。それから約2分後、globeの2曲目も終了したところで、こんな展開になった。

K先生:なんだコレは! 全部同じ曲にしか聞こえないじゃないか! 石川さゆりや伍代夏子、坂本冬美の方がずっといいだろ!

A先輩:そこなんですっ! そうなんです、小室がプロデュースする歌は、全部同じに聞こえるのです! これが売れる理由なんです!

K先生:なんで同じ物が売れるんだよ。散々商学部の授業では「差別化戦略」とかやってきただろうに、なんで同質化で売れるんだ?

A先輩:それができるから小室はすごいんです! 小室は曲の導入、サビの入り方など、「こうすれば売れる曲になる」というフォーマットを作り上げたのです。先生も、「仕組み」や「フォーマット」を作れば、誰でも自動車を作れるフォードの工場のオートメーションを高く評価していたじゃないですか。小室の画期的なところは、「誰に歌わせても流行る曲」のフォーマットを作り上げたのです。そこに、trfなら「ダンス」で、篠原涼子の場合は「元アイドル」で、globeの場合は「女性ボーカル+男性ラップ」という追加の要素をつけ、小室軍団の中では差別化します。基本は同じ。でも、「違うように見せる」技に長けたのが小室です。

K先生:なるほど、そういう曲が今は売れているんだな。面白いじゃないか。

 先ほどまで激怒していたK先生だが、A先輩の見事なプレゼンにより、この日の「商品評価論」の講義で我々は高得点を取れたのだった。その後は、ファミレスで酒をガンガン飲み、打ち上げをするのだった。

全国をglobeにくっついて歩いた入社2年目の冬

 さて、そんな私もこの2年後の1997年に広告代理店に入り、入社2年目の冬、コカ・コーラの仕事でglobeの全国ツアーに帯同することとなった。globeといえば、全国各所の大箱を満席にできたが、この時は札幌・東京・大阪・福岡のZEPPでライブをしたのだ。コカ・コーラ購入者は、ペットボトルに貼られたシールを台紙に貼り、抽選でこれらのライブに参加することができるのだ。

 ライブ終了後はスタッフの前で小室、KEIKO、マーク・パンサーの3人が挨拶をし、我々スタッフをねぎらってくれた。これは、初めて上司がつかない仕事だったため、非常に思い出深い。雪が降りしきる札幌の街を一人歩き、酒場を求めたことなどを考えると恋しさとせつなさと心強さとを感じてしまうではないか。

そんな感傷をもたらしてくれた小室も今や芸能界を引退し、KEIKOはくも膜下出血で現在もリハビリ中。平成の最初約10年を彩った小室サウンドだが、なんだかんだいって、様々な思い出とともにあったことは否めない。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)

 

あわせて読む:「男性としての能力がない」小室哲哉がポロリとこぼしたこの言葉の裏側には50代男性特有の悲哀が込められている…!? | TABLO

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング