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トヨタはなぜ水素エンジンに挑戦? 内燃機関の行く末はいかに

くるまのニュース / 2021年4月30日 14時10分

トヨタは、2021年4月22日に発表した「水素エンジン」をスーパー耐久シリーズ2021の公式テストでお披露目しました。なぜトヨタは未知なる水素エンジンをモータースポーツに実践投入するのでしょうか。

■なぜトヨタは水素エンジンをモータースポーツに投入?

 2021年4月28日、スーパー耐久シリーズ2021「第3戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」の公式テストデーでは、「32」のゼッケンを付けたトヨタ「カローラスポーツ」をベースとしたレーシングカーが静かにコースインしていきました。

 ニューマシンのシェイクダウンによくある風景ですが、今回はちょっと意味が異なります。
 
 このマシンこそが、トヨタが4月22日に発表した「水素エンジン」を搭載したレーシングカーなのです。

 2020年末に水素エンジンの試作車に乗った豊田章男社長が「レースに出るぞ!」と宣言してから4か月、「水素技術を活用して内燃機関の可能性を探る」という挑戦の第一歩がスタートしたわけです。

 これまでのトヨタなら、ここから耐久試験を繰り返して「やっぱりできません」だったと思いますが、このスピード感こそが今の「トヨタらしさ」だと筆者(山本シンヤ)は考えています。

 一見無謀な提案に見えるかもしれませんが、その背景には「オレが責任を取る、失敗しても挑戦しろ!」と豊田章男社長の親心のような優しさだと感じました。

 とくに今回のプロジェクトは将来有望な水素とこれまで培ってきたエンジン技術を応用するという重要な挑戦なので、それを普通の時間軸でやっていたらいつまでも未来はやって来ません。

 だからこそあえてモータースポーツで、それもいきなり24時間レースという過酷ステージを選んだのでしょう。

 ルーキーレーシングのピットに向かうと、筆者はいきなりこのプロジェクトの本気度を目の当たりにしました。それはここに携わっている「ヒト」です。

 筆者はこれまでGRカンパニーが関わっている3本の柱のモータースポーツ活動(WRC/WEC/ニュル24時間)や量産車について取材をしてきましたが、そのメンバーがこのプロジェクトにさまざまな形で関わっていることに気が付きました。

 つまり、水素エンジンでの挑戦はGRカンパニーが持っている知見やノウハウを結集させた“総力戦”というわけです。この辺りは豊田章男社長が常日頃から語る「ワンチーム」がより濃い濃度で実践されているのです。

 ちなみにレースオペレーションはルーキーレーシングが担当していますが、今回は車両製作を担当したトヨタの凄腕技能養成部のメンバーもサポートに入っています。

 話を聞くと、「ひとつは何が起きるかわからないので即座に対応できるように、もうひとつはコロナの影響でニュル24時間のプロジェクトも中止なので人材育成という意味でも活用させていただいています」とのことでした。

 この水素エンジンプロジェクトを統括する伊東直昭氏はレクサス「LF-A」(コンセプトカー)から「LFA」、実験車両「LFAコードX」、「GRスーパースポーツコンセプト」と、ある意味“特殊”なモデル開発を担当してきたエンジニアです。

 2008年に開発車両LF-Aでのニュル24時間への挑戦と今回の水素エンジンでの富士24時間の挑戦と、どちらが大変だったか聞いてみました。

「どちらも大変ですが、水素エンジンはその“質”がまったく違います。

 LF-Aは『既存技術を研ぎ澄ます』という意味での難しさでしたが、水素エンジンは『未知の判断を積み重ねていく』という難しさです」と語っています。

 では、水素エンジンを搭載するカローラスポーツとは、どのようなクルマなのでしょうか。

 エクステリアは、幅広のタイヤを履くために前後のフェンダーを拡幅、BTCCやフォーミュラDのマシンのそれとは異なるオリジナルデザインです。

 リアは小ぶりなウイング(形状から予測するとTOM’S製)とセンター一本出しに変更されたエキゾーストが特徴です。

 さらにルーフにはなぜか前後にふたつのベンチレーションが装着されています。

 インテリアは助手席側にノーマルの面影が残るも、メーターやインパネセンターはオリジナル。

 レーシングカーにしては大きめのモニターと各種操作系が機能的にレイアウトされ、助手席側にはデータ計測用の機械が搭載されています。

 ちなみに左下部にはプッシュスターターボタン(水素エンジンなので青色)、右上にはドライブモードセレクトスイッチ(GRヤリスと同形状)が確認できます。

 一般的なレーシングカーと異なる部分は前席と後席、後席とラゲッジスペースの間にはカーボン製の隔壁が装着されていることです。

 ボンネットを開けると、GRヤリス用の1.6リッター直列3気筒直噴ターボがベースの水素エンジンが元からあったかのように違和感なく搭載されています。

 パッと見る限りは正直ガソリン車との違いはよくわかかりません。それもそのはずで、ハードはデンソーと共同開発された「インジェクター」、水素用に変更された「プラグ」、そして「燃料デリバリー」以外は既存のガソリンエンジンと同じです。

 専用設計にすることによる伸び代もあるようですが、まずはガソリン技術の延長線上で開発をおこなう、それがファーストチャレンジだといいます。

 ちなみにトヨタでは、さまざまなエンジンを水素化しているそうですが、そのなかでもGRヤリスのエンジンはモータースポーツで鍛えられたユニットだけあり、素性の良さ(高温・高圧に強い)に助けられている部分も多いそうです。

 実は、2020年の時点で白ナンバーが取れる性能が出ている試験車はあったといいますが、「24時間全開で走る」となるとハードルがグンと上がり、これまで出てこなかったトラブルが次々と発生。しかし、それによって開発スピードが上がったそうです。

 普段の開発をサボっているわけではないと思いますが、目標が定まるとスピードは一気に上がる。これが豊田社長のいう「モータースポーツの場を用いて……」の本質でしょう。

 気になるパフォーマンスですが、S耐に参戦しているGRヤリスのエンジン(ノーマルより高出力化)よりは低いようですが、現状でノーマルエンジン並み(=272ps/370Nm)のポテンシャルは持っているようです。

 水素タンクや水素の配管系などは燃料電池車「MIRAI」で培った量産技術が活用されています。

 水素タンクは4本(そのうちの2本は短い)搭載(水素量はトータル7.34kg)していますが、搭載位置はリアからのクラッシュ時の安全性を考慮し後席部に集約。

 さらに前突/側突時に乗員を守るために60Gの衝撃に耐える専用のCFRP製キャリアを開発。

 前出のカーボン製の隔壁は乗員空間と水素ルームを完全に分けるため、ルーフにあるふたつのダクトは水素ルームの換気用と、万が一の漏れに対する安全対策も抜かりなし。この辺りはFIAと一緒にルールづくりをおこなったそうです。

■走行した感触は? 水素ならではの課題も

 走行したドライバーに印象を聞いてみると、「ホント普通です」、「現時点では6000rpmに抑えて走っていますが、本戦ではこれより下がることはありません」、「欲をいえばもう少し馬力は欲しいが、『排気音』と『振動』、そして『シフト操作』はEVでは得られない良さ」、「後席に水素タンク搭載しているのでクルマの動きは大きいですが、重量配分はFRに近い感じなのでハンドリングは悪くない」、「本当に今後が楽しみ」とおおむね好印象。

 ちなみに、石浦宏明選手はSNSで「いい音しているのに、何だかクリーンに走れた気がする」と面白いことを語っていました。

 佐々木雅弘選手は「過給器が付いているクルマには相性がいいと思う」と意味深なコメントも。ほかにもさまざまなトライをしているのかもしれません。

 気になるラップタイムは各ドライバーがクルマに慣れることが第一でフルアタックではないとはいえ、コンスタントに2分4-5秒で走行。参考までにST5クラスのトップクラスと同じくらいの速さです。

 外で走りを見ていると音量は控えめですが高周波の心地よいサウンドが聞こえてきます。

 この瞬間、水素エンジンであることを忘れてしまいますが、排出されるのは水蒸気(一瞬マフラーから見える時がありますが普段はほとんど見えない)だけという紛れもないクリーンエンジンなのです。まさに「違和感のない違和感」という感じです。

 ただし、燃費は現状では水素満タンで10周から12周ですが、水素特有のリーン燃焼をどれだけ使えるか、さらに水素の搭載技術の向上など伸び代はまだまだあるようです。

 燃料補給は移動式の水素ステーション(2台)が設置され、福島県浪江町から運ばれる完全クリーンな水素が供給されます(タンクローリー4台、5台体制の予定)。

 恐らく、富士24時間では500LAPくらいは走る計算なので、水素補給スタッフの耐久性も試されるでしょう。

 水素エンジン開発のエンジニアは次のように説明しています。

「水素は着火しやすく燃焼速度が速いのでリーンにしても燃えやすい。なので、ガソリンよりもポテンシャルがあると思っています。

 今後はそのいい所を引き出しながら、課題(=異常燃焼)をどうコントロールしていくかの戦いです。

 今回の走行では異常燃焼はほとんど出ていないようでホッとしていますが、伸び代はまだまだありますのでカイゼンは続きます」

マフラーから排出されるのは水蒸気マフラーから排出されるのは水蒸気

 マシンは24時間に向けて走り始めましたが、この短期間で形になった要因はどこにあったのでしょうか。

 GRカンパニーの佐藤恒治プレデントはこう語っています。

「達成感よりも緊張のほうがうえで、『まだまだやることがたくさんあるな』というのが本音です。

 現状は整って出ていくわけではなく安全性以外は未知数です。

 ただ、鍛えるのが目的なので挑戦しかないですね。

 短期間でここまで来たのはこれまでの技術の積み重ねがあったから。

 水素エンジンは直噴技術がキモとなりますが、我々は長年ガソリンの直噴技術の開発をおこなってきたことが役立っています。

 また、水素の燃料供給の信頼性やFIAの基準に到達する衝突安全性はMIRAIの開発があったから実現できました。

 つまり『イノベーションは複合化』、僕は自動車産業にとって大事なことだと思っています。

 メンバーは大変ですが生き生きしています。辛いけど楽しい……これが技術開発です」

※ ※ ※

 水素エンジンによる挑戦は、富士24時間だけではなく継続的におこなうといいます。

 ただ、今回の富士24時間での課題やトラブルにより、次戦も参戦するのか、それともスキップして課題を克服するのか、などの判断をおこなうそうです。

 筆者はこれまで「ヒトとクルマを鍛える」ニュル24時間の挑戦を長きに渡って追いかけてきましたが、それに加えて「技術」を鍛えるこの水素エンジンの挑戦を追いかけてみたくなりました。

 その一方で、2020年の富士24時間で衝撃的なデビューウィンを果たしたGRヤリスは2021年の富士24時間には参戦はしません。

 この1年、GRヤリスはレースを通じて徹底的に鍛えられてきましたが、ルーキーレーシングとしての役目(=トヨタ車で参戦してくれるカスタマーチームのための最後のフィルター)は終わった、という判断のようです。

 ただ、その知見やノウハウは2021年から参戦のプライベーターへ水平展開、つまりセカンドステップに入ったことを意味します。

 その証拠にGRヤリスで参戦するプライベーターのピットを覗いてみると、そこには支援をおこなうGRヤリス開発メンバーの姿がありました。

 それを見て、トヨタの継続的なモータースポーツ活動が本気であることを改めて実感しました。

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