「何か起きたらどうしよう」面接中に激高、窃盗被害も 保護司が抱えるリスクと苦悩
京都新聞 / 2024年9月5日 10時0分
滋賀県大津市で起きた保護司の男性が殺害された事件は、明治期に起源をもつ保護司制度に衝撃を与えた。市民の無償奉仕に支えられてきた制度は転換期を迎えるのか。更生保護の現場を訪ね、考えた。
玄関を入ってすぐ横の応接間。畳の上の座布団に腰を下ろし、テーブルをはさんで、向き合う。
「最近どう。仕事はちゃんと行ってるか」
「はい。行ってます」
京都府内の70代男性は、保護司として罪を犯した人を自宅に招き入れる。面接は月に2回、1時間ずつ。刑務所から仮釈放されるなどして保護観察中の人の社会復帰を目指して、約束事を守るよう指導し、生活や就労について助言する。ささいな悩み相談にも応じてきた。
保護司になったのは15年前。早期退職し、地域活動にも積極的に参加していた頃、知人に誘われた。「こんな世界があるのか」。好奇心と、誰かの支えになりたいとの思いで、引き受けることにした。
保護司のルーツは、1888(明治21)年にさかのぼる。篤志家有志が静岡県で設立した「出獄人保護会社」をきっかけに、全国に保護団体が広がった。1950年には保護司法ができ、現行の制度が整った。民間ボランティアによる奉仕の精神は、現在に至るまで長らく受け継がれてきた。
現在、保護司は全国に約4万7千人。専門職の保護観察官(国家公務員)の約千人に比べるとはるかに多く、法務省の担当者は「更生保護は保護司に支えられてきた。なくてはならない存在だ」と強調する。日本で独自に培われた制度は、海外からも着目される。
ただ安全面を不安視する声は以前からあった。「そういう(罪を犯した)人と関わったことがなかった。更生はしてほしいけど、何か起きたらどうしよう」。この男性も当初、自宅で面接することを、妻に強く反対された。
実際、保護司仲間からトラブルを耳にした。面接中に突然激高されたり、窃盗被害に遭ったりした人もいた。だが国に報告しても、個人情報への配慮からか、現場の保護司にリスクが共有されることはなかった。だからこそ、今回の事件は「あり得ないことではないと思った。対策に動くのが遅すぎる」。男性は憤りすら感じている。
保護司を取り巻く状況は厳しい。なり手不足や高齢化は深刻で、国は解消に向けて議論を進めていた。事件はそんな最中に起きた。
大津市の保護司新庄博志さん(60)を殺害したとして、新庄さんが保護観察を担当していた飯塚紘平容疑者(35)が逮捕された。事態を重く見た法務省は逮捕の2日後、各地の保護司に文書を発出。「制度の根幹を揺るがす深刻な事態」(押切久遠・同省保護局長)とし、「総力を挙げて保護司の安全確保に取り組む」と明言した。
6月27日。東京・霞が関の法務省で、持続可能な保護司制度に向けた有識者検討会が開かれた。現役保護司らが出席し、事件を受けた安全確保策について急きょ意見を交わした。
家族をはじめ周囲のショックが大きい―。現場で動揺が広がる中、対応を求める声が相次いだ。自宅以外の面接場所の拡充、複数の保護司による対応、面接におけるICT(情報通信技術)の活用…。さまざまな案が出された。
複雑な思いを抱く保護司もいる。「ざっくばらんに心を開いて向き合える環境が大切」。滋賀県内の70代保護司は、アットホームな雰囲気の面接にこだわってきた。1対1で顔を合わせるうちに打ち解けていくのを実感してきた。
地道に、辛抱強く付き合いを重ね、ようやく築いた信頼関係。更生支援には欠かせないプロセスだと、この保護司は言う。事件後、対象者によっては面接時に保護観察官が入るようになったという。安全対策を進めるほど、本来の保護司のあり方から遠ざかってしまう気がする。立ち直ろうと努力する保護観察中の人たちへの偏見も心配だ。
そしてこの先を案じた。「保護司の存在はどうなっていくのだろう」
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