1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. 面白ネタ

『アンパンマン』なぜ「アンパンマン」は「ばいきんまん」にその顔を与えないのか

マグミクス / 2024年3月12日 7時10分

写真

■言われてみれば確かに記憶にないかも…?

「お腹が空いた人に、自分の顔を差し出す」優しくて献身的な正義の味方「アンパンマン」。現在では児童向け作品として知られる「アンパンマン」ですが、その初出は青年向け雑誌「PHP」(PHP研究所)内の、青年向け読み物である「こどものえほん」に掲載された短編でした。

 児童向け作品になる以前、すなわち当初のアンパンマンは普通のおじさんで、持っているパンを飢えた人のところに駆けつけて差し出す人物として描かれました。

 作者であるやなせたかし先生は、太平洋戦争中に深刻な食糧難や、自らも携わった戦争向けプロパガンダの制作を通じて、「正義」とされるものがいかに信用しがたいものなのか、そして「人生で一番つらいのは食べられないこと」という考えを持っていました。

 そうしたことから、アンパンマンは「困った人のところに駆けつけて、食べ物を与える。それが立場や国が変わっても、決して逆転しない正義のヒーロー」として描かれるようになったのです。

「困っている人を食べさせることが、正義の味方」なので、アンパンマンはたとえ自分の顔を飢えた人に与えることで自身の力が弱っても、目の前の人に顔を与えてきました。「本当の正義というものは、決して格好のいいものではないし、そのために自らも深く傷つくものです」という、やなせたかし先生の価値観が深く反映されたヒーローといえます。

 そうしたアンパンマンは、しかし、劇中の大半で飢えている「ばいきんまん」に「僕の顔をお食べ」と差し出すことはありません。

 誰にでも分け隔てなく優しいアンパンマンですが、ばいきんまんに対してのみは悪事の事情を聞くことなく「やめるんだばいきんまん。許さないぞ! アンパーンチ」と攻撃することが大半なのです。

 ばいきんまんによる悪事の大半は、「飢えて食べ物が欲しくなった時」と「ドキンちゃんが〇〇を取ってきてと要求したとき」に発生します。やなせたかし先生の思想である「自らが飢えた時のつらさ」と「自分の気持ちではない理由(=戦争のプロパガンダを作らせられた)によって行動させられる」を、体現したようなキャラクターともいえるのではないでしょうか。

■アンパンマンとばいきんまんに見る「正義」のあり方

2024年6月28日公開の映画『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』ポスタービジュアル

 そのばいきんまんは、「単なる不条理な悪者」ではありません。自分を善人と信じる「プリンちゃん」や「エクレアさん」には、何のかんの言って攻撃できませんし、「あかちゃんまん」が赤ちゃんとして無力化されているときに攻撃したりもしません。

「いくらどんちゃん」のように、ばいきんまんに対して敵意もなく、喜んで食べ物を作ってくれる人に対しても、何も悪いことはしません。女の子の涙にはもらい泣きをし、紳士に振舞うことも多いです。何度アンパンマンに負けても立ち向かう、強い意志と実力を持っていますが、一緒に暮らす「ドキンちゃん」の度重なるワガママを力で支配して、言うことを聞かせるようなことは考えたりしないのです。

 最大の敵であるアンパンマンに対しても「受けた借りは返す」という性格をしています。VAPからリリースされているDVD「それいけ!アンパンマン ぴかぴかコレクション アンパンマンとドキンちゃん」に収録されたエピソード「アンパンマンとイタイノトンデケダケ」では、ばいきんまんは溺れたところをアンパンマンに助けられます。それによりアンパンマンは気絶してしまうものの、ばいきんまんはこれに対し攻撃するようなことはしませんでした。それどころか、アンパンマンの探していた「イタイノトンデケダケ」を見つけてきて、その元に置いていくのです。アンパンマンのお礼の言葉を隠れて聞いていたばいきんまんは、「礼を言われたくてやったんじゃないやい、バーロー」と照れながら口にしていました。

 またDVD「それいけ!アンパンマン ぴかぴかコレクション アンパンマンと鉄火のマキちゃん」収録のエピソード「アンパンマンととぶ木馬」でも、「ばいきんまんが作った飛ぶ木馬によってピンチになったドキンちゃんを助けるには、アンパンマンに新しい顔を渡すしかない」という状況で、ばいきんまんは「ジャムおじさん」から新しい顔を受け取り、ドキンちゃんと顔が濡れて弱っていたアンパンマンを助けています。

 ばいきんまんとは、ワガママで横暴ですが、そういう善性も持っているキャラクターですので、「話せばわかる」可能性があります。実際、アンパンマンもばいきんまんが全く悪意を持っていないのが明白な時は、戦闘にならずに笑顔で終わらせることもあります。

 ですから、筆者が子供に付き合って、数百話観た上で思いますが、アンパンマンが「ばいきんまん、君が理由もなく暴れるなんて考えられない。訳を話して。僕たちにできることがあれば力になるよ」と言えば、戦わずして解決する話も結構あると感じられます。

 アンパンマンはなぜそうしないのでしょうか。それは観る人に「飢えること」と「正義」について考えてもらいたいというテーマがあるからではないでしょうか。

 本来、善人な部分を持つばいきんまんでも、飢えれば悪事をするし、心優しい正義の味方であるアンパンマンでも、悪事の理由を聞かずに、ばいきんまんをやっつけてしまうことがある、その「人間が陥りがちな、普遍的な不条理」を描いているのではないかと思えるのです(元々、青年向けの社会風刺としてスタートした作品ですので)。

「正義の拳を振るって、無条件でやっつけてもいいと思えるばいきんまんが相手でも、貴方は立ち止まって事情を考えてほしい」ということです。

 ちなみに、私の息子は保育園に通っていた頃、「ばいきんまんが悪いことをするのは、最初から誰もばいきんまんの言い分を聞かないからじゃないの」と言っていましたので、そのように感じ取る子供もいるように思います。

『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』:
(C)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
(C)やなせたかし/アンパンマン製作委員会2024

(安藤昌季)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください