<新国立競技場の騒動に見る問題の本質>巨大で高価で目立っていれば最適という旧世代の考え方の限界
メディアゴン / 2015年7月30日 7時0分
齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]
* * *
国立競技場をめぐる迷走に、ことの本質は何かと考えてみた。
そもそも、オリンピックを東京に招致しようとして、それに成功したまではよかったはずだ。長く続くデフレと失われた20年という不名誉な長い不景気の中で、なんとなくこのまま人口が減り、ジリ貧になっていくしかないような日本の閉塞感を、確かにオリンピック開催決定という話題が吹き飛ばしてくれたのだから。
この時点で、あのザハ・ハディド氏の設計案で決まってはいた。氏の設計した建築物というと、近年では韓国ソウルの東大門デザインプラザなどの、巨大で角のない、およそ建築もそうだがメンテナンスにも苦労しそうな、周囲の風景から屹立する金属的な外観の建築が目に浮かぶ(最近、それを見学した知人によると、建物の巨大さ・目立ち方に比べて内容・ソフトが追い付いていない印象だとのこと。建物も巨大で、ソフト含めて運営がどうなるかは未知数のようだ)。
そのデザインを採用したのは、なにがなんでも目立って、招致を成功させたいという意図からだったのだろう。美術館であっても目立つ奇抜な外観がランドマークとなり観光名所となるのはスペインのグッゲンハイム美術館の例を引くまでもない(もっともハディド氏の設計ではないのだが)。そういう意図だとしたら、ここまでも、特に問題はない。
問題はむしろ「その後」だろうことは想像に難くない。震災後の資材や建築の工賃の高騰、これはある程度予想されることだが、反感を買ったのはもっと別の観点からの気がする。
東日本大震災以降、日本人のメンタリティが少し変わった気がしている。それまでの「厳しい時代を生き残るため」とか、「自己責任論」だとか、「グローバルな競争社会で勝ち抜く強い人材」などというお題目の傍ら、人格を否定されたような気分になる過酷な就職活動やら、そこにつけこむブラック企業での若者の使い捨てなど。
ひとたび豊かになったはずの日本は、本当に暮らしやすい生きやすい国なのだろうとかと首をかしげることが増えた。今までのやり方には限界があるのではないか、ひっそりとそう考えて、地域で社会的企業をして身の丈にあった低成長を目指したり、いっそ大学から海外に出てしまったり。どうも日本の若者の日本を見る目が静かではあるがシビアになった気がする。
そんなメンタリティや気分の変化をくみ取って、同じ建築家でも伊藤豊雄氏は、被災地の人たちが思い思いに集うことのできる集会場「みんなの家」を作っている。ミラノ万博の日本館の設計をした建築家・坂茂(ばん・しげる)氏は、東日本大震災時には避難所にプライバシーを確保しようとして阪神大震災で開発した紙管と布で機能的な間仕切りをつくり好評を博した。
ミラノ万博日本館でも、日本の伝統的な建築の技を駆使し、釘を使わない木組を用いて、外気温を遮る工夫を施している。いずれも建築が単なるランドマークであることを超えて、人々の集う場所となったり、かつ高温多湿な日本の風土に合わせエコでもある古来の建築技法を復活させてアピールする。
従来の壮大な建築物、重厚長大さとは一線を画す姿勢が新鮮であり、坂氏は有名な建築賞であるプリツカー賞を受賞している。これを見るまでもなく、多くの人が希望を感じる建築の姿もまた面変わりしているよようだ。
そこからすると、周囲の建物を圧して、巨大で高価で目だってさえいれば、後世に遺すものとして最適という考え方自体が、旧世代の限界のようにも思える。
またこの国立競技場を含めた東京オリンピックで何をアピールし、そのために競技場ではなにを最優先させるかという議論が、本当に競技場を使うアスリートたちの使い勝手含めて(実は一番大事だと思うのだが)なされたのか、という素朴な疑問がある。
計画が白紙撤回され、建築コンペのやり直しから建築までの期間を含めて新たな問題が出てきたようにも思える。が、今度こそ、これからの日本のあり方、こうなりたいという日本のイメージ、何より日本の若者が誇りに思える、胸を張って自慢できる日本の良さ、そんなものから競技場のあり方を改めてまとめていくいいチャンスなのではないだろうか。
これから何年使うにせよ、オリンピック後はこの競技場で多くのビッグゲームが開催され、そのたびに嫌でも目につく建築物になる。だからこそ、いろいろあったけれど、いいものができたね、そういえる競技場になることを切に願い、価値ある議論が交わされることを期待したい。
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