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ビジネス茶道・表千家茶道 講師の水上麻由子が聞く 第17回 アスリート陶芸家にして茶人、山田翔太氏が説く「みたて」の大切さ

マイナビニュース / 2024年9月11日 10時0分

「そのときラグビーの日本ワールドカップの前年だったので、人工芝を作ってラグビーの日本代表とニュージーランドのオールブラックスの茶盌を作って戦わせたんですよね。そんな企画を一緒にやったりして、僕はいろんなスポーツ×茶盌を100点以上出したので、そこから小堀宗翔さんと組むようになって、アスリート茶会をスタートしたわけです」

山田氏が茶盌を作り、小堀氏がお茶を点てるという組み合わせは話題となり、たくさんのアスリートが茶会に参加した。こうして小堀氏の元に通って茶道の稽古をしつつ、茶会を繰り返しているうちに、山田氏は自分の言葉でお茶を語れるようになっていったという。

○山田氏が茶人となったきっかけはフランス

そんな中、山田氏に初のお茶会主催の機会が訪れる。フランス・マルセイユの展示会に陶芸家として参加することになった山田氏。ハンドキャリーに作品を詰め込んで飛行機に乗り込んだが、いざ現地に到着すると、日本からの参加者は山田氏のみ。しかも「茶会を開いてほしい」という依頼が舞い込んだ。

「会場はマルセイユ区役所の一階のホールみたいなところです。僕は茶盌と簡単な茶道具しか持っていなかったので、普通のテーブルに、現地のポットを用意して貰いました。区長さんがいて、オーディエンスやメディアのみなさんも40人ぐらいいらっしゃってましたね」

茶道初めて半年で、初舞台がフランスという大舞台。だがこれまでのスポーツの経験から、緊張は感じなかったという。自身の茶盌を使ってお茶を点て、通訳を通じて茶道について説明する。これが初めての自分の茶会となった。

「今思うとお茶会と呼べるほどではなかったんですけど、すごく喜んで貰えたんですよ。ここで『お茶ってこれでいいんだ』って気づいたんですよね。フランスでの出来事がなかったら、『まだ自分はお茶会なんてしちゃいけない』と思っていたかもしれません。何かできるっていう感覚と、喜んでもらえるっていう感覚を築いたんです」と、山田氏は当時を振り返る。

こうして帰国後に自分の茶会をスタートさせた山田氏。「山頂についたらみんなでコーヒーを飲むのに、なぜお茶を飲まないんだろう?」という発想から、富士の山頂やフランスの山頂での茶会などを企画。アスリートのアイデンティティと陶芸のみならず、茶道まで繋げる活動を広げていった。

「もともとの“アスリート陶芸家”っていう肩書き自体も、ただ自分のアイデンティティを示すもの二つをくっつけただけなんです。でも、自分の作品には自分の経験が全部入っています。肩書きは、抽象的なものがどう見えるか、どう捉えるか、みたいなものの象徴の一つと思っています。この肩書きのおかげで覚えて貰えている反面、肩書きが強すぎるせいで僕自身も説明しにくくなってるっていうジレンマも感じます」

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