『あまちゃん』とJR北海道、そして過疎・高齢化を考える - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2013年9月26日 14時32分
NHKの朝の連続テレビ小説『あまちゃん』は、こちら北米でも「テレビジャパン」という衛星放送を通じて大変に好評です。こうした「ネタ」的なものを積み重ねてキャラを造形し、エピソードの反復やトリビアを埋め込んで笑いの小世界を作っていくというのは、アメリカのコメディ群像劇、いわゆる「シットコム(シチュエーション・コメディ)」にもよく見られます。
ですが、当地のシットコムが「視聴率が取れるとダラダラと何シーズンも続く」のと比べると、『あまちゃん』の場合は最初から2クール156回というフォーマットが決まっていたわけです。その中に空間軸と時間軸を埋め込み、特に今週の大団円では予告編で作り上げた視聴者の期待感のハードルを、毎日毎日上へ上へと越えていく作りこみがされている点では、他に類例のない完成度に達していると言って構わないように思います。
この『あまちゃん』には、いわゆる小ネタだけでなく、膨大なサブ・エピソードやサブ・テーマが張り巡らされているわけですが、成功の原因はやはり脚本家の宮藤官九郎さんが過疎・高齢化というメインテーマを正面切って扱い、この問題から絶対に逃げないという強い姿勢で一貫したことだと思います。
ドラマの中で、この高齢を代表するのは「親子3代の中の1代目」である「夏ばっぱ」という67歳の海女さんで、宮本信子さんが精密な芸で役に生命を吹き込んでいるわけです。ですが、宮本さんの役は、ある意味でファンタジー的なキャラと言えます。
その一方で、登場する機会は少ないのですが、第1回の「春子とアキの帰郷」に始まって、極めて重要なシーンに限って不思議な登場の仕方をする「鈴木のばっぱ」というおばあちゃんがいます。私は、この「鈴木のばっぱ」の存在が物語にグッと奥行きを与えていると思うのです。
例えば、「鈴木のばっぱ」は震災に直撃された列車に乗りあわせてトンネル内に閉じ込められるのです。私は正直言って、悲劇的な展開の可能性も考えながら見ていたのです。ですが、彼女は「立ち往生する車中でお腹の減った子供にお菓子を与えて慰める」という救済者として描かれ、「悪い予感」は完全に裏切られました。その「鈴木のばっぱ」は閉じ込められた列車が車両基地に帰還した際には、線路に立ちはだかって何をするのかと思うと「自分を守ってくれた」車両への感謝を口にするわけです。
宮藤さんの脚本とNHKの演出家の人々は、この「鈴木のばっぱ」に対して「もしかしたら衰えの見える高齢者なのでは?」とか「悲劇に殉じてしまうのか?」と思わせながら、視聴者を全く裏切るように素晴らしいエピソードで切り返すように設計しているように思います。その結果として彼女のキャラを通じて、過疎地の高齢者の「生きてゆく決意」や「刻んできた年月の重さ」、そして「品格としての庶民性」をリアリティをもって表現することに成功しているのだと思います。
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