中国的歴史認識とポピュリズム - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り
ニューズウィーク日本版 / 2014年4月26日 18時45分
しかし、日中共同声明には文字通り「戦争賠償」については明記しているが、この裁判で補償を求められているのは1936年に結ばれた賃貸契約の賃貸料支払いである。日中開戦のきっかけとなった盧溝橋事件は1937年。つまり、中国側船会社が求める賃貸料とは「戦前」に発生して支払われるべきものであり、また契約にもとづくならば船は開戦前に中国側船会社に返還されていたはずで、履行されていれば日本軍に徴用されることはなかったことを主張しているのである。
商船三井の前身が借りた船は確かに戦中、日本軍に徴用されて撃沈されたらしいが、つまるところその動きも「中国側船会社−商船三井の前身−日本軍」という流れをたどっており、1936年に船を貸したまま契約上の賃貸料も受け取っていないし、契約自体を反故にされてしまった、つまり戦前に契約を踏み倒されたままの中国側船会社にとっては、戦時中の軍の徴用は違約後のことであり、訴えの対象ではないという判断だ。
繰り返すが、日中共同声明には「戦争賠償の放棄」は謳っているが、今回は民間企業間の戦前における契約踏み倒しがそのまま戦時へと突入したことが問われている。これは相当に微妙な判断を要する事件ではないだろうか。
最初にこの差し押さえニュースを知った時、わたしはかなり驚いたが、さらに驚いたのは日本メディア報道の低調さだった。偶然ニュースが流れた直後数日間日本に滞在していたために日本の報道にもいつもよりも触れていたが、その報道姿勢は数年前のレアアース船拘留に比べると格段におとなしい。そしてどこも日中共同声明の解釈について触れていたものの、戦前の契約違反からそのまま戦時に突入したという微妙な事態についてはあまり真剣に論じる様子もない。
もちろん、戦前の契約とその流れについてはわたしもさっとネットで調べて論じているだけなので間違っているのかもしれない。が、メディアでは実際にその辺の流れを知るはずの歴史関係者に話を聞いたり、業界資料を紐解くような深入りしようという姿勢もない。日本メディアの論調は基本的に、日中共同声明をタテに「賠償請求は放棄したはず」という論ばかりで、一番たくさん目や耳にしたのは「なぜ今になって」「70年以上も前のことじゃないか...」という疑問だった。
なんだか全体的に歯切れが悪いなぁ......と思っていたら、23日になって商船三井側が約40億円相当の供託金を上海の裁判所に支払い、「バオスチール・エモーション」の拘留が解除されたという。商船三井としては、中国の国有鉄鋼企業、宝山鋼鉄に鉄鉱石を運んでいる同船の拘留が続けば、業務に支障をきたし、結果的に宝山鋼鉄側からも訴えられかねないという点を考慮したのだろう。
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