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メルケル首相の東京講演

ニューズウィーク日本版 / 2015年6月18日 15時30分

 アンゲラ・メルケルは一九五四年に、西ドイツのハンブルクで牧師の父と英語教師の母との間に生まれている。その後、牧師である父は、共産主義国の東ドイツで牧師の数が足りないことも理由となって、「鉄のカーテン」の向こう側の東ドイツに家族とともに移住した。父は東ドイツで教育を受ける娘のアンゲラが、マルクス主義のイデオロギーが濃厚な歴史学や政治学のような文系の学問ではなく、合理的精神を失わないためにも理系の学問を専攻することを推奨したという。その後、科学者としてメルケルは成長し、理論物理学の分野で博士号を取得している。研究者の道を進んでいたメルケルは、統一へ向けて政治が動き始めるなかで次第に政治に関心を示すようになった。メルケルにとって、自由とは尊いイデオロギーであり、また共産主義や専制主義による統制的な社会は嫌悪すべき対象であった。メルケルにとっては、自由や国際法を守るという精神は、自らの東ドイツにおける厳しい生活経験からも譲歩できない尊い価値なのだ。

 メルケル首相の講演会に話を戻そう。三〇分ほどの講演が終わると質疑応答がはじまった。朝日新聞社の西村陽一取締役が登壇し、司会進行役となった。冒頭で西村取締役は、「まず最初に主催者を代表いたしまして、私から一問だけ質問をさせて頂きます」と述べた。そして次のように、歴史認識問題に関する質問を行った。

「隣国との関係は、いつの時代にも大変難しいものです。そして厳しいものです。しかし戦後ドイツの過去の克服と近隣諸国との和解の歩みは、私たちアジアにとってもいくつもの示唆と教訓を与えてくれます。首相は歴史や領土などをめぐりいまも多くの課題を抱えていますアジアの現状をどうみておられますか。そして、今もなお絶えざる努力を続けておられます欧州の経験をふまえまして、東アジアの国家と国民が隣国同士の関係改善と和解を進める上で、最も大切なものは何だと考えますか。」

 このような質問に対して、メルケル首相の応答はきわめて落ち着いた、洗練されたものであった。メルケル首相は「ドイツは幸運に恵まれました」と言い、「ナチスの時代、ホロコーストの時代があったのにも拘わらず、私たちを国際社会に受け入れてくれた幸運です」と述べた。すなわち、フランスやアメリカ、イギリスのような連合国が寛容の精神で戦後のドイツを受け入れてくれたことを、讃えたのである。メルケル首相は歴史和解について、「隣国フランスの寛容な振る舞いがなかったら、可能ではなかったでしょう」と述べ、和解が成立するためには「ドイツが過去ときちんと向き合った」ことと、「フランスの寛容な振る舞い」とこの二つがともに必要であったことを指摘している。これはきわめて重要な指摘であろう。メルケル首相は、日本人の聴衆に向かって「過去ときちんと向き合う」重要性を説くとともに、中国や韓国のような近隣国が「寛容な振る舞い」を示す重要性を示したのだ。この二つがなければ、和解は成立しない。

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