やわらかな日本のインターネット
ニューズウィーク日本版 / 2015年8月31日 16時0分
最初にこうした昔話をしたのは、本書が、そのような「アングラレポートもの」とは趣旨の異なる、したがって「怖い世界があるのだなあ」という素朴な感想では済まされない意義を持っていることを強調するためだ。確かに本書は「ダークネット」にアクセスする人々の生の声を、ネット上だけでなく実際に面談して聞き取り調査している点にもっとも大きな特色があるが、少なくとも日本の状況との違いを知るためには、いくつかの背景情報を押さえておく必要があろう。
地下経済と「強い思想」
本書では、ダークネットにおける支払いの手段としてビットコインがしばしば登場する。ビットコインについては、日本でも2014年に、大手取引所のマウント・ゴックスが取引停止に陥ったことで知られるようになったが、現実の通貨を裏付けにもつ電子マネーとはまったく異なり、ネット上で生み出される「電子コイン」だ。その詳細は本書の第3章で述べられているが、重要なのは、ビットコインでの取引がいわゆる「地下経済取引」を可能にしただけでなく、政府による通貨発行の独占も課税もない、文字通りの「自由経済」をも生み出すということだ。むろんそれは、自由であるが故に誰にも守ってもらえない、映画『マッドマックス』さながらの世界でもあるのだが。
あるいは、本書で「サイファーパンク」として紹介されている一連の人々。彼らはビットコインによる取引も含め、ありとあらゆる管理から逃れ、権威による支配を拒否する。序章に登場するサイファーパンク、ジム・ベルはその典型だ。「暗殺政治」に関する彼のアイデアは、完全に匿名化された懸賞首サイトが政治家の権威を無にするという未来を描き出すものだが、実はこの極端に思える発想は、既に別の形で実現している。
たとえばリサ・ガンスキーが「メッシュ」と呼ぶ、ソーシャルメディア時代の新しい評価経済のことを考えてみよう(『メッシュ│すべてのビジネスは〈シェア〉になる』徳間書店、2011年)。そこでは顧客が実際に購入して体験した話が、大企業の広告やPRよりもリアルなものとして消費者に受け止められる。「過激な透明性の時代」という言葉で表現されているこの仕組みと、ベルが主張する懸賞首への匿名の評価は、ポジティブなものかネガティブなものか、危害を加えると脅すのか否かという違いはあれ、原理は同じだ。ネットでオープンに評価することで、権威の力を抑制しようというわけだ。
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