やわらかな日本のインターネット
ニューズウィーク日本版 / 2015年8月31日 16時0分
ビットコインにせよサイファーパンクにせよ、なぜこうも彼らはインターネットに「反権威」であることを求める、あるいはそういう領域を確保しようとするのだろうか。その背景にあるのは、インターネットがまさにアメリカにおいて誕生し、アメリカ社会が理想とする自由な社会のあり方が体現されるような技術として進化してきたという歴史だ。アメリカ社会においては、その建国からして政府による課税に反対し、自分の力だけで土地を切り開き、守るべきものは自分の力で守るべきだという考え方が根付いている。こうした思想はアメリカでは「保守主義」と呼ばれるが、その中でも特に政府などの権威を否定するのが、本書でもしばしば名前のあがる「リバタリアン」という人々だ。
リバタリアンは税金も社会保障も警察もいらない、と主張する非常に極端な思想の持ち主だが、ではどうやって生きていくつもりなのだろうか。ここで注意しなければいけないのは、近年のネットでよく使われる「ソーシャル」という言葉だ。もともとソーシャルというと、アメリカ社会では「社会主義者」のことを指していた。だから「お前はソーシャルだ」というとき、そこには政府による管理や社会保障を肯定することへの批判や侮蔑の意味が込められていた。だが「ソーシャルメディア」などというときのソーシャルという言葉には、もはやそのような意味はない。そこにはせいぜい「人々が平等な立場で助け合う」といった牧歌的なイメージがあるくらいだ。
政府も社会保障もいらない、という極端な反権威主義と、平等な個人が自発的に助け合うという共同体主義。両者の結合はインターネットの「根本思想」として、いまも私たちの利用するネットのあちらこちらに散見される。バーブルックとキャメロンという二人のメディア学者は、この二つの理念の相乗りを「カリフォルニアン・イデオロギー」と呼び、インターネットという技術が、実はアメリカ社会の理想を体現するものであることを明らかにしたのである。
自由はどこまで守られるべきか
そのような背景を踏まえてあらためて本書を読み返すと、そこで描き出されている人々が、単に経済的利益だとか自身の快楽だけを目的に「ダークネット」を彷徨っているのではないことが見て取れるのではないか。前に挙げたベルや第3章に登場するアミールなど、ダークネットの世界には、そこでこそ実現される自由を至上のものとして考える人々が無数に存在し、日々活動している。本書の意義は、そうした人々が「何をしているのか」だけでなく「何を考えているのか」をありありと浮かび上がらせた点にある。
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