やわらかな日本のインターネット
ニューズウィーク日本版 / 2015年8月31日 16時0分
だからこそ私たちは本書を、単なる「アングラレポート」として読んではいけないのだが、もちろん日本の問題を考える際に参考になるところもある。たとえば第2章に登場するポールをはじめとするレイシストやナショナリストたち。日本ではこうした人々は「ネット右翼」と呼ばれ、街頭での醜悪なヘイトスピーチの影響もあって、一般にも問題視されるようになっている。だが、実際にそこで起きているのは、複数の研究やレポートが明らかにするように、ネットでつながった人々の輪の中で「使命と役割」を与えられたことで、その場を抜けられなくなっていくという現象だ。本書ではEDLの創設メンバーであるトミーがまさにそれに当てはまるだろう。
あるいは、第7章に登場するアミーリアのような「プロアナ」たち。日本のネットではこうした人々は「メンヘラ(メンタルヘルスに問題を抱えた人々)」と呼ばれ、たとえば自殺サイトや自傷サイトに集い、ときに集団自殺に至ることもある(逆に、こうしたサイトのおかげで一線を踏み越えずに済んでいる人々もいる)。ネットで同じような立場や考えの人だけで集まって交流しているうちに、考え方や行動が極端なものになっていく現象は「集団分極化」と呼ばれるが、そうした傾向は、日本だけでなく海外でも顕著であるようだ。
ともあれ、全体として見れば、やはり英米を中心とした海外の事例を見ると、そこには「強い思想」が背景に存在していることを感じずにはいられない。当然のことながら、それはネットに対する「規制」をどう考えるのかという点においても、大きな違いとなって現れてくる。
典型的なのは、過去の失敗などネット上に拡散された不都合なデータをどのように扱うべきかという問題だろう。この問題については、2014年にEUで「忘れられる権利」を認める判断が下され、実際に不都合な情報について削除依頼があれば検索結果に表示されないようにするという取り組みが進んでいる一方で、アメリカにおいては「忘れられる権利を認めることは、知る権利の侵害につながる」という見方が強い。ここにもインターネットの「強い思想」の影響が見て取れるが、では私たちはこの問題についてどのように考えるだろうか。
人によって見解は分かれるかもしれないが、少なくとも私たちはそこで、どのような立場の人々、どのような権利を守り、どのような自由を制限するのかを選ぶ必要がある。個人がネット上で炎上した記録を削除して欲しいと願うのと、政治家が過去の汚職の記録を検索されないようにしたいと望むのは、まったく別のレベルの話だ。しかしながらこうした出来事について法律などで規制しようとすれば、「自由はどこまで守られるべきなのか」について、明確な意志を社会で共有することになる。そのとき私たちの社会に、本書に登場するような「強い思想」の持ち主はどのくらいいるだろうか。ややもすると「いやがる人がいるなら、規制もやむを得ないのではないか」といった「やわらかな」考え方でもって、際限のない規制や監視を認めてしまうのではないか。
インターネットは犯罪の温床であってはならないし、まして地下経済化することによって社会の治安に問題が起きることを肯定するための道具でもない。その点で、本書に登場する「ダークネット」の住人たちの振る舞いのすべてを受け入れるわけにいかないのは明らかだ。だがその背景に存在する「強い思想」にまで思いを巡らせるならば、果たして日本のインターネットは「やわらかい」ままでいいのかということもまた、考えられなければならないのではないか。
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