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女性エベレスト隊隊長に学ぶ、究極の準備(後編)

ニューズウィーク日本版 / 2015年10月5日 18時5分

 シャスタ山は標高四三二二メートル、冬は雪で覆われる。駐車場から山頂までの道のりは約九・五キロメートル、標高差は二〇〇〇メートルを超える(九・五キロでは急激な上昇だ)。ルートのかなりの部分はピッケルとアイゼンが必要なほど険しい。山頂の風速は毎時一六〇キロメートルを超えることもある。全体として、本格的な遠征に向けた調整をするには最高の場所だ。シャスタ山に登るほうがジムでのトレーニングよりはるかに効果的なのは間違いなかった。

 屋内で何時間もステアマスターを使ったトレーニングをすれば、空調の効いたオフィスビルの長い階段を昇る場合などは大いに役立つが、八〇〇〇メートル峰を目指す場合は役に立たない。登山で成果を挙げたいなら、山で遭遇する状況をシミュレーションしておくことが大切だ。そのためには屋外で、背中に重い荷物をくくりつけ、ピッケルを握り締め、雪や強風や低温と戦いながら、それなりの山に登らなければならない。

 シャスタ山は私にとって理想的なトレーニング場所だった。車で夕方出発して午後一一時に到着、一一時三〇分ごろ登り始めて、駐車場と山頂を一気に往復する。所要時間は荷物の重さにもよるが、たいてい一〇時間から一二時間。おかげで体力が鍛えられたのはもちろんだが、シャスタ山に登ることで得るものは他にもあった。一晩じゅう一睡もせず、「ガス欠」覚悟で、アドレナリンとパワージェルひとつかふたつだけをエネルギー源にしながら頑張りぬいたおかげで、精神も鍛えられた。

 遠征では、一晩一睡もせずに山に登ることも珍しくない。眠れない理由はいろいろある。高山病とか、一晩中風が吹き荒れているとか、同じテントで寝ている仲間のいびきがものすごいとか。でもたいていは、登攀(とうはん)開始の予定時刻が午前二時(ひょっとするとそれ以前)だからだ。日の出よりずっと早い時間から登り始める。ルートが凍っているほうが安全なのだ。クレバスが口を開けたり、雪崩が起きたり、落ちてきた岩に直撃されて命を落としたりする危険性が少ない。寝過ごしては困るから、午後九時にテントで横になっても、なかなか寝付けず、何度も寝返りを打つはめになる。

 有能なリーダーになるには、睡眠がとれない状況にも慣れておくことが大切だ。環境は変わりやすいものだから、想定外の事態が待ち受けている場合もあるはずだ。締め切りが迫っている場合や、何か結果を出すと約束した場合は、徹夜してでも守る。一瞬たりとも気が抜けない危機的状況に陥る可能性も大いにある。眠れないことそのものよりも、眠れないストレスのほうが足を引っ張りがちだから、一晩じゅう一睡もしなくても翌日ちゃんとやれるようになれば素晴らしい。眠れるに越したことはないが、睡眠不足の「予行演習」をしておけば、実際に睡眠不足になっても、そのストレスで参ってしまう心配はない。ストレスと睡眠不足の両方か、それともただの睡眠不足か。選ぶのはあなただ。

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