宇宙的スケールの造形世界
ニューズウィーク日本版 / 2016年1月4日 8時5分
遠く太平洋を望む横浜市みなとみらいの横浜美術館で、中国出身のアーティスト蔡國強(ツアイ・グオチヤン)の個展「帰去来」が開かれた。
蔡國強は、何よりもその独創的な「火薬絵画」によって、国際的にも広く知られている。「火薬絵画」とは、文字通り、絵の具の代りに火薬によって描かれた作品のことをいう。床の上に拡げた紙の上に火薬を撒き、爆発させると、その痕跡が玄妙不可思議な造形世界を浮かび上らせる。もちろん、当初火薬を撒く時に、全体の図柄を想定し、予じめ用意した下絵に沿って火薬を置いてゆくのだが、火力の強さや燃焼時間によって微妙な差異が生じるので、最終結果は必ずしも予測し難い。その点では、同じく火による造形である焼物の場合とよく似ていると言えるかもしれない。
火薬の利用はそれだけにとどまらない。もともと火薬は遠く古代中国において発明され、長い歴史のあいだ、破壊の手段や戦争の武器として用いられて来た。十三世紀末の「蒙古襲来絵詞」には、日本の武士たちを悩ませた元軍の鉄砲が描き出されている。しかしそれと同時に、爆竹や花火など、祭礼や年中行事に欠かせない景物として、現在も広く用いられている。この伝統を踏まえて、二〇〇八年の北京オリンピック・パラリンピック開会式に、蔡國強が特別アート・ディレクターとして光と音の壮麗なスペクタクルを実現して見せたことは、多くの人々の記憶にとどめられているだろう。
一九五七年、中国福建省泉州市に生まれた蔡は、早くから火薬を造形表現に利用することを試みていたが、火薬作品をまとまった展覧会として発表したのは、一九八六年の来日後のことである。一九九一年、東京で開かれた個展「原初火球――さまざまのプロジェクトのためのプロジェクト」は、屏風状に折り曲げた火薬ドローイング七点を画廊内部に放射状に配置した展示で、それ自体強い衝撃力を持つものであったが、個々の作品は、展覧会題名にも明示されている通り、火薬を用いたプロジェクトのための企画案なのである。火薬をその本来の姿で表現媒体として使うとするならば、爆発の痕跡ではなく、爆発そのもの、つまり火の作用を演出して見せなくてはならない。それは必然的に、一種のパフォーマンスとならざるを得ない。
実際、蔡國強は、展覧会に先立って、東京・多摩川の川辺で「人類の家:外星人のためのプロジェクトNo.1」を実現している。これは、さまざまの動物の毛や羽を貼りつけた帆布と、木の枝、縄で作ったテント(人類の家)を火薬で爆発させたものである。後に蔡自身このプロジェクトについて、爆発は「戦争、あるいは人類によるこの星の生態系や自然環境に対する破壊を暗示し(......)、爆発が生むエネルギーには、人類の生命の起源であるビッグ・バンや、世代の永続性を象徴させた」と語っている。つまり爆発は、破壊、消滅をもたらすと同時に、そのエネルギーによって新しい生命を生じさせ、世代を越えてその継続性を保証するものである。そこには、火は土を生じさせ、土は金を、金は水を、水は木を、そして木はまた火を生じさせるという東洋古来の五行相生の思想の反映を読み取ることも可能であるかもしれない。もともと蔡國強は風水や五行思想に強い関心を持ち、火薬作品を実現するにあたってもしばしば専門の風水師の助言を得ている。(北京オリンピックの際にも、メインの競技場である北京国家体育館(通称「鳥の巣」)から見て「木」の方角にあたる東北部が「最も良い」という風水師の託宣にしたがって聖火台の位置を決めたという)。その結果、爆発は、破壊と生成、死と再生を繰り返す大いなる自然の循環のなかに位置づけられる。人類の生命もまた、その自然の一部である。この循環する自然を時間を遡ってもとを尋ねて行けば、それは人類の登場や地球の誕生をもはるかに超えて、遠く宇宙のはじまりである「ビッグ・バン」にまでいたる。東京での蔡の個展が「原初火球」すなわち「ビッグ・バン」と題されていたのは、そのためである。
この記事に関連するニュース
-
【広島市現代美術館】第12 回ヒロシマ賞受賞者決定について
PR TIMES / 2024年11月22日 17時45分
-
デューラーもルーベンスもレンブラントも。偉大な芸術家はまた卓越した素描家でもある--「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」開催決定!
PR TIMES / 2024年11月19日 16時15分
-
「カラーズ ― 色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」 箱根、ポーラ美術館にて12月14日(土)より開催
PR TIMES / 2024年11月19日 13時45分
-
西洋絵画の伝統技法と具象表現を現代アートに昇華するアーティスト・秋山あいれ、岩岡純子、久木田大地による3人展「New Eden」を開催!
PR TIMES / 2024年11月15日 15時0分
-
森羅万象に霊魂が宿ると考えられているアニミズムから現在のデザインとアートを探る。多摩美術大学が「記憶の道」シンポジウム「明日のアニミズム Animism Tomorrow」を開催
PR TIMES / 2024年11月7日 17時15分
ランキング
-
1一晩で20万人超が一斉サイクリング、「道一帯が自転車でふさがる」…中国政府は抗議行動再燃を警戒し外出規制も
読売新聞 / 2024年11月25日 19時53分
-
2「ネタニヤフ氏に死刑を」 イラン最高指導者
共同通信 / 2024年11月25日 17時46分
-
3韓国最大野党「共に民主党」の李在明代表に今度は無罪判決 自身が被告の裁判での偽証教唆罪に問われるも 裁判所「検察の証拠だけでは故意があったとみるのは不十分」
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年11月25日 16時19分
-
4フィリピン大統領、「見逃すわけにはいかない」=副大統領の「殺害」発言に反発
時事通信 / 2024年11月25日 19時44分
-
5ロシア、ウクライナ停戦で次期米政権に期待か ウォルツ氏発言受け
ロイター / 2024年11月25日 20時26分
複数ページをまたぐ記事です
記事の最終ページでミッション達成してください