いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く──プルーフ・オブ・ライフ
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月23日 15時45分
冒頭
まずは、時間のある方は何かの番組の冒頭映像のようにこちらをどうぞ(三分)。
『国境なき医師団』参加者が、このTシャツを着ることをどれほど誇らしく思っているか伝わるので。
そして旅立ち
2016年3月24日、午前中に二度目のワクチンを打った。左腕に複数本、素早く。
破傷風のだったか、チフスのだったか、A型肝炎のだったかは覚えていない。ともかく一度打ってから三週間して、再び接種する必要のあるワクチンだった。
担当の看護婦さんは前回と同じ若い人で、俺が注射器をスマホで撮るのを見て、
「何かの番組ですか?」
と聞いた。
「いえ...その、取材で」
「......取材?」
「ていうか、あの、自主的に行くんですけど」
「自主的......」
「ええ、『国境なき医師団』を見に行きたくて」
発端
話は数ヶ月ほど遡る。
俺は『国境なき医師団』の広報から取材を受けた。ツイッター上で知りあった傘屋さん(実際にはまだ会ったことがない)と一緒に「男日傘」というのを作って売り出し、そのパテントをもらうつもりもないので『国境なき医師団』に寄付していた俺に、団が興味を持ってくれたのだ。
で、向こうから取材を受け始めて十分も経っていなかったような印象があるのだが、俺は団の活動が多岐にわたっていることを知り、そのことがあまりに外部に伝わっていないと思うやいなや、"現場を見せてもらって、原稿を書いて広めたい"と逆取材の申込みをしていたのだった。
団の広報は即座に前向きに検討すると言ってくれた。俺は飛び上がらんばかりに喜んだ。困っているのは、俺のマネージャーだけだった。取材は数ヶ月ごとに二年間行う、と俺は勝手に話を進めていた。すでにぽつぽつ埋まっているスケジュールをどう空けていくかは彼女のミッションだった。
しかも、目的地は決して安全ではないはずだ。
「いえ、私たちは好んで危険な場所へ行くわけではないんです。きちんと安全を確保出来ると判断しなければ人員を送りません。貴重な人材の身を守ってこその弊団です」
広報の谷口博子さんはにこやかに喫茶店の中でそう言った。
たぶん俺だけが「"弊団"ってかっこいい!」と、その呼び名の部分にノンキに食いついていた。
マネージャーはまだ悩ましい顔をしていた。
行き先
行き先は直前まで決まらなかった。
現在、『国境なき医師団』は全世界七十数国に展開している。正式名は1971年にフランスで発足した時のまま、『MEDECINS SANS FRONTIERES』。意味は国境なき医師団で、略してMSFと呼ばれることが多いし、今回取材した医師たちもみな自分たちをそう呼んでいた(ちなみにトランジットで米国に入るとき、旅行の目的を聞かれて「DOCTORS WITHOUT BORDERS」に俺はついて行くのだと誇らしげに英語で宣言したが、相手はぼんやりした目で何も理解していない様子だった。そこはやはりフランス語で強調すべきだったのだろうか)
くわしくはこの『国境なき医師団日本』のホームページ内活動報告書がわかりやすい。
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