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いとうせいこう、ハイチの産科救急センターで集中治療室の回診に同行する(9)

ニューズウィーク日本版 / 2016年7月26日 16時40分

 二日前に出産があったのだそうだった。子供はあの集中治療室にいたのかもしれなかった。テントの天井に下げられた扇風機が規則的な音を立てて回っていた。しばらく俺たちは無言で立っていた。誰にとっても安息の短い時間であるように感じられた。

 やがてあらわれた男性助産士ベンジャマン・ドシーから俺は、妊婦がコレラに罹患している場合の医療はきわめて高く専門化されてるという話を聞いた。しかも、妊婦から赤ん坊をとり出す時に細心の注意を払うのみならず、彼女らが住んでいた家も消毒してから帰すのだということだった。

ダーン先生の回診

 そろそろダーン先生の回診が始まるそうだった。俺は是非ともそれが見たかった。

 俺たちは産科救急センターの敷地をぐるりと回り込んで、集中治療室の方へ行った。その途中で、屋根の下に男も女もぎっしり集まっているのを見た。お見舞いの人のためのエリアだそうで、市外から来た人が二、三日宿泊することもあるそうだった。壁はなく柱が何本か立っていて、床はおそらくタイル貼りだった。

 声の調子も高く、そこで貼り紙を使って何か力強く語りかけている女性がいた。性暴力被害者専門クリニックから現地看護士が来て、被害の実情やクリニックの存在を説明しているのだそうだった。やるべきことはメンバー各自に幾らでもあるのだ、と思った。

 十一時半、再び専用の上着をはおり、手をよく洗ってマスクをした俺たちの前に、あのダーンがあらわれた。緑色で半袖の看護服、首には聴診器を掛けており、二人の現地医師と一人の女性看護士を連れて、入り口手前左にある保育器からダーン先生は様子を見始めた。

 現地医師たちは細かく記録を採ったカルテを広げ、ダーン先生にその子供の状態を報告する。紘子さんと谷口さんの同時通訳によるとこうだ。

 「28週、過呼吸症候群。880グラムで生まれ、昨日入院しました。低血糖で安定しません。1000グラム以下なので人工呼吸補助器を使うのは無理です」

 冷静沈着で穏やかなダーン先生は聞きながら何度もうなずき、弱々しく寝ている乳児のお腹を数本の指で軽く押したりした。そしてカルテと子供を集中して見比べ、治療方針を発表する。

 「はやめに母乳に切り替えて胃腸を強くしよう」

 そして、次の保育器へと移る。



 またくわしい報告がある。
 今朝帝王切開のオペで生まれ、ついさっき集中治療室に入ってきた乳児だという。危険な状態だったので5分間新生児蘇生を受けて現在に至るが、幸いケイレン等はない。
 「OK、トレビアン。このまま様子を見よう」

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