いとうせいこう、ハイチの性暴力被害専門クリニックを訪問する(10)
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月4日 17時10分
前年5月からオープンしたその場所には、一ヶ月に4、50人以上の被害者が来るのだそうだった。望まぬセックスを強要される者たちの半数は18歳以下で、中には幼い少年もいた。駆け込んでくる被害者を受け入れたクリニックでは、最初期に避妊とHIV対策をし、家庭内暴力などで帰る場所がないのなら隣にある施設へと入居してもらって、そののちに地域の救援組織へと橋渡しするのだそうだ。
「男性の中にはこの場所に反感を持つ人もいるでしょうね」
谷口さんはそう質問した。
アンジーは何度もうなずき、
「だからシェルターが必要なの」
と答えた。二人の女性の間にはやるせなく、しかも許しがたいものへの静かな怒りのようなものが感じられた。俺は男ながら、その感情に連鎖し、少しでも理解を伝えたかったので、短く控えめにこう言った。
「日本でも同じです」
隣の建物に設けられたシェルターには、最大8人の被害者が暮らせるそうだった。
医師と臨床心理士、ソーシャルワーカーが一体となって、彼らのケアを続けており、その他に前日俺が産科救急センター、CRUOで見たような啓蒙活動を政府の保健教育担当が続けているのだそうだった。
性的な暴力がどれだけ人間を破壊してしまうか、人は人の性的な道具ではないこと、またもし被害に遭ったら駆け込むべき場所があること。それらを今は国の機関と共に伝えているのだというアンジーは、出来れば早く国全体に広げたいし、それこそが自分たちのゴールだと言った。実際、MSFはラジオでもスポット広告を打っているそうだ。
目をくりくり動かし、時々思わぬところでコロコロ笑うのがアンジーで、おかげで取材の緊張と気詰まりを解いてもらうことが出来た。少しずつ俺はリラックスして質問するようになり、コンゴ民主共和国の首都キンシャサで学んだという女性医師、ジーンズとTシャツ姿のヨニー・ヨワに紹介してもらって、さらに細かい情報を受け取った。アンジー自身は非医療従事者だった。
(性暴力被害クリニック)
もう一人の俺
いつどこで被害者と出くわしてしまうかわからない気おくれが俺にはあったが、ヨニーたちがそれはきちんと計算してあったのだろう。誰にも会わずに一階に降り、実際に外から来て受付を通り、緊急の医学的対応をする部屋と、臨床心理士の部屋の前へ行った。前者からは誰かが何かを訴える声がした。男性一人と女性一人の合わせて二人がその訴えを聞き、なだめているように聞こえた。
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