いとうせいこう、ハイチの性暴力被害専門クリニックを訪問する(10)
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月4日 17時10分
ジカ熱が流行するピーク時に経験から薬剤を補給したり、手術器具のメインテナンス契約をするのも彼女の役割だった。これまでになんと最大20ヶ月のミッションをインドやパキスタンで行ったというから、ベテランの領域に彼女はいた。それでも体験談にいちいち「なんちゃって」とか、「あたしなんか言える立場にないんですけどね」などと自分を茶化す。面白い人だった。
(リシャーとジョンシルさん)
寄付の力
けれどもいざ寄付をしてくれているドナーたちへの思いを谷口さんが聞くと、ジョンシルさんの顔つきが一変した。
「世界各地にMSFが一番乗りして困っている人を救援出来るのは、寄付して下さる人がいるからです。皆さんが思ってらっしゃるより、その力って凄いんです」
これは実際にお金の動きを見ている物資調達関係者だからこその実感に違いなかった。彼女たちはそこにお金がなければ医薬品も手術器具もテントも水も届けることが出来ないのだ。
「年末になると、支援者の方々の声を派遣先のパソコンで一通ずつ読むんすよー。そうすると疲れてるからなのかなあ、どうしても泣いちゃうんです。感動して。支援者の方にもそれぞれストーリーがあって、あたしたちにもあって、そういうものが全部つながってドライブされて、それが活動になっていくんだなってわかって」
俺の心も動いた。"全部つながってドライブされて、それが活動になっていく"というダイナミズムは、善意が持つ力だった。それをジョンシルさんは身をもって知ってしまったのだ、と思った。関係する力、と言ってもいい。知ったらもう後戻り出来ない力だ。
「でね、言葉が通じなくても気持ちは伝わります。税関と交渉してるうちに、あたしなんか日本語でしゃべってる時ありますよ。だから、MSFに参加してみようかなって思って下さる方へのアドバイスは、成せば成るです。興味があったら一緒に働きましょう!」
ジョンシルさんはそう言い、次は中近東に行きたいのだと話した。情勢がよくないから、と彼女は言った。そこで政治を解決しようなどと考えているわけではない。けれど情勢がよくない場所には困難を抱えた人間がたくさん生まれる。彼らをジョンシルさんは放っておけないのだった。
「そもそも、怪我をして泣いてた子供が治療を受けて元気になるでしょ。それを見てるだけであたしたちはうれしいんです」
なんちゃって、を付けて彼女はそう言った。シンプルな、実にシンプルな人間の心の基本を、俺はハイチの空の下で知ることが出来たのだった。
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