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いとうせいこう、ハイチの性暴力被害専門クリニックを訪問する(10)

ニューズウィーク日本版 / 2016年8月4日 17時10分

 鉄扉は同じ感じだったが、中は螺旋階段のある建物で、そこを上がっていくと受付があり、奥に中庭があって幾つかの部屋に囲まれていた。

 俺たちが会おうとしているのはソン・ジョンシル(宋正実)さんで、俺たちの国の言葉で言えば在日韓国人、海外では韓国系日本人の女性だった。もともと谷口さんが日本のMSFで知っている人で、現在ハイチのミッションに参加していると聞いてどうにか会って様子を聞こうということになっていたのだ。

 少し待っていると髪をきっちりアップにしてよく日に焼けたジョンシルさんが現れた。ぴかぴかに明るいムードを持っていて、いきなりそのあたりにいたオリビア・ゲイローさんという、地震の前からハイチでミッションを行っていた古参のメンバーを紹介してくれた。医療コーディネーターのオリビアさんは実に品のいい、外交官夫人のような感じの人物で、しかし手ごわいハイチのギャングたちにも文句を言えるような女性だということだった。話を聞いてみるといいですよとジョンシルさんは少しダミ声でさかんに言った。

 しかし、俺たちがその日、話を聞きたいのはジョンシルさんからだった。MSFジャパンから派遣された人間の現状、メッセージをビデオに撮りたいという谷口さんの希望もあった。つまりジョンシルさんは元気のいい女の人特有の照れでオリビアさんを代理に立てようとしていたわけだ。

 アフリカ風のブラウスを着たジョンシルさんにMSFのチョッキをはおってもらい、俺と谷口さんの取材は始まった。

 彼女は神戸出身で阪神・淡路大震災に遭っていた。もともとはオーガニック関係の商品を扱う会社にいて貿易に携わっていたが、サステナビリティのある暮らしについて考えるようになってウミガメの保護などの活動をするうち、MSFのサイトに出会った。そして、そもそも震災後の神戸に最初に入った国際救援団体がMSFだったと知るに及んで参加の決心がついたのだそうだ。2008年、彼女は満を持して海外派遣スタッフとなり、初任地スーダンへ赴いたのだという。

 つまり彼女も非医療従事者だった。MSFに入ってからは経験を活かしてサプライコーディネーターに専心し、物資調達を一括して見ている。緊急治療が必要な時のための薬や医療器具を揃え、安定した水や医薬品の輸入にあたって政府とたどたどしいフランス語で交渉し(英語はもともとの仕事もあって堪能だった)、輸入先とは値段についてタフなやりとりをする。

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