ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々
ニューズウィーク日本版 / 2016年9月20日 16時0分
どうやらこのビルらしいという建物が見つかり、中に入るとドアが引き戸になったエレベーターがあった。右に引くと格子が狭まるタイプだったと思う。乗って四階に向かったのだが、到着したはずのエレベーターはかすかに揺れ、ドンとかすかに落下した。次元がずれた感覚がした。
引き戸を開けて降りたが、あるはずのVoVの表札はなかった。
迷っていると、階段の下から呼ぶ声があった。
「ヒロコ?」
「シェリー?」
谷口さんが先に階下に行った。俺が続いた。
そこに白髪の恰幅のいい女性がいた。
シェリー・デュボアというアメリカ人だった。
VoVの医療活動マネジャー。組織唯一のエクスパット(外国人派遣スタッフ)である。
にこやかに俺たちを迎えたシェリーは、三階の事務所のドアを開けた。中が彼女たちのオフィスで、大きめのテーブルのこちらと向こうに俺たちは座って対面した。細い老眼鏡をかけ、黒い服に身を包んだシェリーはすぐさま話し出した。なにしろ、当初は週末に会うスケジュールだったが忙しいし、週末は休みたいという変更をした人だ。シェリーおばあさんには時間がなかった。
まず、VoVは現在世界に3つあるとわかった。
最初はエジプトのカイロに出来た組織は、次にアテネ、そしてローマへと拠点を広げた。当然それぞれは連携し、政治的宗教的抑圧や拷問から逃げてきた人々を保護し、ケアするのだった。
そんなハードな、かつ政治的な活動をしているのだと思うと、にっこり笑いながら話をするシェリーおばあさんがかえって凄い人だと感じられた。
「私たちが行うのは一次診療じゃなくて、専門的な二次診療です。今は月水金の週3日。来る人たちはみんなそれぞれに酷い物語を持っているから、それはそれは気をつけて接しないといけません」
彼らは同時に、ギリシャの中で難民・移民を法律的に支援している団体「ギリシャ難民協議会」、そして心理ケア専門の「デイ・センター・バベル」と密接につながりあいながら、被害者の身体的心理的なケアと社会的支援をしていた。
シェリーは続けざまにどんどん話して、どんどん微笑んだ。急いでいるように見えた。
やがて、実際に治療をしているのはすぐ近くのビルでだとシェリーは言い始めた。俺たちがいるのはあくまでも事務的な作業をする場所なのだった。
「去年はほら、シリアからたくさん難民の方々が来たでしょ。だからそれまでの4倍の人を看ることになったの。それでこっちもあっちも大変」
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