ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々
ニューズウィーク日本版 / 2016年9月20日 16時0分
世界の残酷でリアルな困難
「ここには歯医者さんも週一で来るのよ」
シェリーが部屋のひとつを指さして言った。
俺はまたノンキに、VoVは審美的なところまで面倒みるのかと感心した。シェリーもそれ以上説明しようとしなかった。だが、すぐに谷口さんが現実の厳しさを俺に教えてくれた。
「拷問を受けると歯を失うケースが多いので、歯科医が必要になります」
「え......」
難民たち、しかも政治的宗教的抑圧や拷問にさいなまれた人たちは俺などとは次元の違う場所にいた。
シェリーがさらっとそのあたりの事情を、これまたにこやかに俺に伝えた。
「ひどい拷問のあと、不眠やパニック、あるいは発狂する場合もあるので、私たちが連携している心理ケア団体のバベルには精神科医もいるの」
いや、もうにこやかではなかった。
シェリーの目の中に、マリエッタと同じような炎を俺は感じた。ひどい状況を俺に知らせ、共に絶望しながら同時に不条理に怒り、たてつき、諦めずに活動を続け、柔らかいジョークを口にして自他を解放する人々。
再び彼女自身のオフィスに戻ると、シェリーはなおも世界の困難について具体的な事例を挙げて説明してくれた。
ホモセクシュアルを探し出して殺そうとするアフリカの例。
難民登録が出来ずにゴミをあさって暮らす人々の話。
牢獄に収容された女性の90%がレイプされていること。
それでも俺たちは下を向いてはいけなかった。聞けばシェリーは68才で、最初のミッションを俺と同じ年齢55才で始めたのだった。それまでローマのアメリカ大使館などで医療スタッフをしていた彼女は、以後数々の活動地に赴いた。自分が出来ることをひたすら行うしかなかった。
「......そもそも、シェリーさんはなぜMSFに参加したんですか?」
その基本的な問いに彼女ははにかむように、あるいはうんざりするように笑ってからこう答えたものだ。
「シュバイツァーを尊敬しているから」
実に簡潔な答えだった。続けてシェリーは口を開いた。
「そして家族もみんな独立して、ようやく私の番が来たの」
やはりそう言うのだった。自分は誰かのバトンをつないでいる、ただそれだけだ、と。まるでハイチのドイツ人、カールが俺に話したように。
「ここに来る前はスワジランドに13ヶ月いたのよ」
シェリーは時をさかのぼって味わうように俺の目をのぞき込んだ。
「そして5ヶ月休んで孫の世話をたっぷりした。でもそろそろリタイヤしようと思ってます。MSFだけが人生じゃないから。もうほどほどにして、他の生き方も楽しんでみなくちゃ」
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