今年のノーベル経済学賞と暮らしの関係は?
ニューズウィーク日本版 / 2016年10月14日 17時20分
<今年の受賞者の研究対象は雇用関係や保険関係も含む「契約」なので、ほとんど誰もが当事者になる。ありふれた契約に秘められたノーベル賞級の発見とは?>
今年のノーベル経済学賞は、契約理論を研究した米ハーバード大学のオリバー・ハート教授と、米マサチューセッツ工科大学のベント・ホルムストロム教授が受賞した。彼らの研究は、人々の利害が異なる経済社会の中で、経営者と労働者、個人間や政府間の協力を可能にする契約のあり方について理解しようとしたものだ。
スウェーデン王立科学アカデミーは2人の功績についてこう発表した。
役員報酬を業績に連動させる仕組みや、保険契約における控除や掛け金の分担、公共セクターの民営化など、契約をめぐる様々な問題を分析するための包括的な枠組みを発展させた。
リスクの共有
フィンランド出身のホルムストロムは、経営者が労働者と結ぶ雇用契約に着目し、経営者側から見た最適な契約のあり方を研究した。既存の「プリンシパル・エージェント理論」を援用し、経営者をプリンシパル(委託人)、労働者をエージェント(代理人)として契約条件を理論化した。互いに協力し合いたい気持ちがあっても、経営者と労働者が自分の利益を優先させようとすると最適な雇用契約は結べなくなる。それを回避するために労働者にどのようなインセンティブを与えればよいかを分析した研究だ。
雇用関係で重要な役割を果たすのは「リスクの共有」だ。労働者は、常に変動する企業収益の影響はできれば被りたくない。一方企業は、業績悪化のリスクの一部を労働者に負ってもらい、売り上げの範囲内に人件費を抑えたい。ホルムストロムは「情報性の原則」を発展させ、業績と連動させた最適な報酬のあり方を示した。
世界金融危機を経た今、たまたま儲かったからといって経営者に巨額のボーナスを支払おうという人はほとんどいないだろう。現在の地位も最適な契約を結ぶうえで重要だ。若者なら将来出世して報酬が増える可能性があるが年長者はその可能性が低い。だとすれば、年長者により多くのボーナスを払うべきだ。
保険契約では、契約を結んだ途端に契約者が自動車の運転などで不注意になりかねないため、問題が生じる。とりわけ、倫理観に欠ける契約者と保険会社の間で利益の対立が起こりやすい。契約上コンプライアンス(法令遵守)を怠ったのが誰か、契約違反をしたのが誰か、を判断するのも難しい。これらの分野に関するホルムストロムの主要な研究は、米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授と、2014年にノーベル経済学賞を受賞したフランスのジョン・ティロールとの共同研究で行われている。
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