今年のノーベル経済学賞と暮らしの関係は?
ニューズウィーク日本版 / 2016年10月14日 17時20分
不完備性を前提にした契約のあり方
一方ハートは、契約の「不完備性」に関する研究を大きく前進させた。将来起こり得るすべての事象を予め契約に盛り込むのは不可能だ。そこで問題になるのが、契約に明記されなかった不測の事態が起きた場合にどうするか。ここでは決定権が重要になる。つまり、契約に明記されなかった想定外の事態に対して決定権を持つ者が、交渉上有利ということだ。
決定権のある者は一定条件の下で大きな見返りを得ることができるし、インセンティブにも働きかけられる。業績連動型報酬の代わりとみなすことも可能だ。
ハートの理論はいくつかの分野に応用することができる。企業と労働者の関係や、病院や学校の民間委託のケースもそうだ。契約には具体的な記述がないほうが、組織全体にはより強い統合をもたらす場合もある。契約が最も抽象的なのは、企業の研究者だろう。研究開発はやってみなければ結果は予見できないので、契約は自ずと漠然としたものになる。この問題の一つの解決策は、研究者に対して決定権と完成した研究すべての所有権を与えることだ。
ハートはこの理論を、アメリカの経済学者サンフォード・グロスマンと英エディンバラ大学のジョン・ムーア教授との共同研究を通じて発展させた。
ハートは他にも、公共サービスの分野に関心をもった。果たして国は、住民に基本サービスを提供する業者を所有すべきかどうか。一番の問題は、サービスの質とコストや、政府所有と民間所有それぞれのよさをどうバランスさせるかだ。
もしコストを削減してサービスの質が落ちるなら、そのサービスは政府が提供するべきだ。ハートは米ハーバード大学のアンドレ・シュライファー教授と米シカゴ大学のロバート・ヴィシュニー教授との共著で、民間企業はコストの縮小に対して過大なインセンティブを期待すると指摘した。さらに、競争に効果がないにも、基本的なサービスは政府が提供するべきだとした。ハートの研究は、契約が重要な他の社会科学分野にも普及させることができる。
追記
ノーベル経済学賞は、ノーベル賞の創設者アルフレッド・ノーベルが遺言に遺した1985年の授賞分野リストには入っていなかった。経済学賞は1968年に、スウェーデン国立銀行が創立300周年の記念として創設した。以来、フリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマン、ゲームの理論のジョン・ナッシュなど栄えある受賞者が並んでいる。
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