彼らがあなたであってもよかった世界──ギリシャの難民キャンプにて
ニューズウィーク日本版 / 2016年11月8日 16時20分
なるほどそれは「たまたま彼らだった私」への想像なのだった。上から下へ与えるようなものではない。きわめて水平的に、まるで他者を自己として見るような態度だ。
それは心の自己免疫疾患かもしれなかった。他人を自分としてとらえ、自分を他人としてしまうのだから。
けれどその思考は病いではないはずだった。
むしろ「たまたま彼らだった私」と「たまたま私であった彼ら」という観点こそが、人間という集団をここまで生かしてきたのだ、と俺は思った。あるいは「彼ら」を植物や動物や鉱物や水と置き換えれば、それはインドでは輪廻転生になる。私は前世鹿やコケであったかもしれないという考えが、「たまたま私だった彼ら」「たまたま彼らだった私」という倫理を生む。また、自分のエゴで自然を脅かすべきではないと考えるエコロジーも、こうして俺たちの心の自己免疫疾患から生じているのに違いなかった。
偉大なる「compassion」から。
女性と子供がプレハブに入ってしまうと、あたりはまた静けさに支配された。俺は変わらず椅子に座り、気づきを言語化するのに混乱しながらしばらく時間を過ごした。
時間と空間さえずれていれば、難民は俺であり、俺は難民なのだった。
テントの方へ
「テントの方へ行ってみますか? 彼らに話は聞けませんが。ただ、診療所に来る患者さんに同意を得てあとでインタビューを受けてもらうことは可能ですし」
クリスティーナさんがそう言った。
施設の裏に倉庫があり、そこを回り込むと暗い色調のテントが連なっていた。
遊ぶ子供たち
もともと俺たちが車で通った時の道路があり、その向こうの高架の下にもテントは並んでいた。
低いテントの群れの横にトイレらしきプレハブが並び、またしばらくテントが続くと今度はシャワーを浴びるためのボックスのようなものが建てられていた。
暑いさかりでもあり、生活している人々はほとんど外にいなかった。いるとしたら子供たちにホースで水をかけている母親と、黙ってバスケットボールをついている男の子たちくらいのものだった。
高架の壁にスプレーで大きくこう書かれていた。
NO BORDERS
ダイレクトなグラフィティ
その言葉は受け入れる側の歓迎、あるいは難民側からの強いメッセージにも見えた。
俺たちは常に境界を作っている。国境を、心理の境を、宗教や人種の壁を。
それが誰かの苦境を生み出しているのだ。
バグダッドの紳士
道路沿いにテントを見ながら黙って歩いていると、ある中東の壮年男性がふらっと近づいてきた。手にビニール袋を持っていて、中がパンなのが見えた。配給を受けてきたのだろうと思った。彼が微笑みを送ってくるので、俺も会釈をし、微笑んでみせた。
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