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未来が見えないんですーーギリシャの難民キャンプにて

ニューズウィーク日本版 / 2016年12月13日 16時20分

 現在、ジャマールさんは腰の痛みと呼吸困難に苦しめられていた。3日間の入院も経ていた。モリヤの難民登録センターにいたが、カラ・テペ難民キャンプに移って体を診てもらうようになり、本当に助かったとジャマルさんは言った。

 70代だろうと思ってくわしい年齢を聞いた。

 ジャマールさんは答えた。

 「49歳です」

 驚いて返す言葉がなかった。

 彼は俺よりずっと年下なのだった。

 なのに彼は足腰を弱くし、気管を傷め、皺だらけになっていた。それほど暮らしが、そして難民としての旅、生活がつらかったのだった。

 同じマットの上では他にも隣に住んでいる、西アジアの人らしき小太りのおじさんが豆スープとパンを食べていた。反対側の仮設住宅の前には幼い中東系の女の子たちが遊んでいた。さらにその向こうのオリーブの太い樹にアフリカ人女性が背をつけて座り、携帯電話でしゃべっていた。

 あらゆる地域から難民は来ていた。

 そしてかつてと異なり、母国や旅の途中で残してきた人たちと日々、援助団体から支給された携帯電話を使ってスカイプで話し、画像を送りあっていた。けれどその便利さは逆に新しい切なさを生んでいるのではないか、と思った。彼らは家族を一時も忘れることが出来ない。急かれるような思いだろう。

 「今の望みはなんでしょうか?」

 気づくと谷口さんがジャマールさんに質問をしていた。ジャマールさんはすぐに答えた。

 「未来が見えないんです。私はこんな状態を早くやめて子供に会いたい」

 うなずくことしか出来ない俺たちに、ジャマールさんは続けて何か言った。

 けれど翻訳をしてくれるはずのイハブは、黙ってジャマルの頭を胸に抱きしめてそこをなで、キスをするばかりだった。

しばらくそうしてから、イハブは遠くを見やりながら口を開いた。

 「彼はこう言いました」

 イハブはひとつ間を置いて言った。

 「私が死ぬ前に問題が解決してくれればいいんですが、と」

 俺もジャマールさんを抱きしめたいと思った。

 背中を何度でもさすりたかった。

 年下の友人がなぜそんな目にあっているのか、俺にはまったく意味がわからなかった。

 そして、俺たちがそうしている間にも、国を出ざるを得なくなった難民たちはまだまだこうして、危険な船旅(MSF制作のこの動画を見て欲しい)に巻き込まれていた。


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(つづく)

いとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE」

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

いとうせいこう


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