ロシアとトルコの主導で、シリアは和平に向かうのか?(後編)
ニューズウィーク日本版 / 2017年2月7日 16時20分
トルコが地上部隊をシリア領内に進攻させる「ユーフラテスの盾」作戦を開始したのは、昨年8月24日のことである。表向きは「イスラム国」掃討作戦のために、アメリカ主導の有志連合軍に参加することだったが、実際には、「イスラム国」とクルド勢力の双方を攻撃することが目的だった。アメリカが支援するクルド勢力を攻撃するのは無謀だったが、アメリカ、EU、トルコなど世界的にテロ組織指定されているPKKの兄弟組織であるPYDとその軍事部門のYPGを公然と支援するのは「テロとの戦い」に関するダブルスタンダードだというトルコの主張には説得力がある。いかに「イスラム国」が非道で凶悪なテロ組織だとしても、毒をもって毒を制することをトルコは拒否したのである。ロシアは「イスラム国」掃討をアメリカ主導の有志連合軍にまかせ、トルコは反政府ジハード組織の後ろ盾となって、いつの間にかロシア・トルコでシリア戦争を終結させる方向に話を進めてしまったのである。
これでシリアに平和は戻るだろうか。シリア問題の専門家は、おおむねアサド政権の存続こそ安定の道という政権の主張をなぞってきた。だが、問題はアサド体制のイデオロギーや堅固な世俗的性格ではないのだ。戦争の犠牲者の多くがアサド政権の攻撃によるものである以上、国内避難民、難民ともに、破壊しつくされた故郷に帰ってアサド政権の支配下に暮らすことは困難なのである。その傷が癒えることが、仮にあるとしても、穏やかで平穏な生活と破壊しつくされた住居を復興させなければならない。その力は、シリアにはもはや残されていない。日本のTBSが行ったアサド大統領との単独インタビューによると、アサド大統領は、難民にではなく我が国に支援をしてほしいと主張していた。恐るべき商業国家としてのシリアは、他国の支援によってアサド政権のレガシーを再構築することを望んでいる。
だが、それはロシアとトルコが「保証国」になれば、ロシアなどシリアの同盟国の分担ということになろう。ロシアとイランがどこまでそれに応じるかは不明である。反政府勢力も組織によってはシリアにとどまって、一部地域の支配を続けることになるだろう。こちらもトルコに抑え込まれて政権軍との戦闘は停止させられることになる。現状では不十分なのだが、仮に、アメリカが、クルド勢力を抑え込む保証人となれば、「保証国」による統治に形がみえてくる。だが、そこまでいくのか? シリア政府の主権は制約され、領域的にも制限が科されるから、こまでの統一シリアは結果的に維持できないことになるだろう。
≪執筆者≫
内藤正典(同志社大学大学院教授)
1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。社会学博士。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、現在、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラム――癒しの知恵』『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(ともに集英社新書)『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(集英社)など多数。
内藤正典(同志社大学大学院教授)
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