子供、子供、子供――マニラのスラムにて
ニューズウィーク日本版 / 2017年4月20日 16時40分
行商のように移動を始めるジュニーについて、俺と谷口さんとロセルも路地の奥に入った。道はどこまでもコンクリででこぼこしていた。幅10センチくらいの溝があり、そこに洗濯を済ませた泡だらけの水や洗い物の水が流れていた。狭いそのコンクリの上をスクーターで走り抜ける者がいた。老人がパンツ一丁で座り込み、ジュニがコンドームの効用を若い女性たちに説くのを見ていた。
家の壁はブロックで荒っぽく積まれていたり、トタンだったり、スペイン風のベランダを二階から飛び出させていたりと様々だった。
濡れがちの道の唯一乾いたエリアにちょこんと猫が座っていた。犬の声がし、サンダルがコンクリをこする音がした。人糞が落ちていたり、子供がシャワーを浴びさせられたり、大音量のカラオケマシンに合わせてやはり子供たちが何かがなっていた。女が通り、なぜか手に持ったカゴに子犬をぎっしり積んでいた。
住人たちは貧しい。
けれど彼らは活き活きとしていた。こちらの腹わたに直接しみてくるような、リアルな生の感覚がどこを歩いてもあった。俺は熱に浮かされたようにふらふら路地を行った。コンドーム配布に集中していたはずのジュニーから、ロセル経由で後ろから忠告があった。
荷物には一応気をつけてください。
確かに路地の子供たちの目は時折、ロセルや谷口さんの一眼レフに刺さることがあった。俺が写真を撮るスマホの上にも集まったりした。互いに受け入れあったように見えても、しょせん俺たちはよそ者であり、間抜けな取材者だった。
それでも俺はついてくる子供に笑顔を向けずにはいられなかった。
中に5歳ほどのかわいらしい女の子がいた。
彼女は元の広場で自分より小さな女の子を世話していた。
けれど俺たちが移動すると様子を見たくて仕方なくなり、自分だけついて歩いてきたのだった。
やがて路地の曲がり角でじっと周囲を見る俺に、その女の子は近づいてきた。にっこり笑うと彼女もにっこり笑った。彼女は広場の方向を指さした。そして無邪気な声でたどたどしくこう言った。
「プリンセス」
すぐには意味がわからなかった。女の子はもう一度背後を指さして言う。
「プリンセス」
ああ、あの小さな子が彼女のプリンセスなのだとわかった。それを待たせているのが気がかりなのだ。
だから俺も同じ方向を示してプリンセスと言い、うなづく女の子のあとをついて広場へ帰った。
俺たちのプリンセスが待っている場所へ。
その時、俺は自分がスラムにいることをまたすっかり忘れていた。まるで子供の頃に戻り、不思議な物語に誘い込まれたような気分のまま、俺は薄暗い路地を歩いた。
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