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風呂に入れさせてもらえないか──ウガンダの難民キャンプで

ニューズウィーク日本版 / 2017年7月4日 17時30分

「どこから?」

「日本です」

「......日本」

おじさんは遠い目をした。悲しい表情だった。見ると瞳が青灰色をしていた。まるでわからないところから来た人間に、自分は何を言うべきか混乱したのではないか。

それでも、おじさんは現れた時から肩にかけていた小さなバッグを開け始めた。身元証明書のような書類と一緒に入っていたのは衣服のカラーで、若い女性たちの翻訳の助けを得て、それを作るのがおじさんの仕事だったのだとわかった。たったひとつだけを、彼はバッグに入れて逃げてきたのだった。

そしてもうひとつ、荷物があった。

聖書である。

「私はアングリカン教会派のキリスト教徒だからね」

ダウディおじさんはそう言ったあと、シェーファーがどうのこうのとつぶやいたのだが、その時の俺には何もわからなかった。ひょっとするとフランシス・シェーファーというキリスト教保守派の牧師に関するおじさんの意見かもしれない。

ともかくダウディさんは俺がスマホを向けると、この世での平安を訴えかけるかのような表情で聖書を掲げ持った。それまできょろついていた目がしっかりとカメラを見る変貌に俺は驚いた。信仰への信念と、現在の状況への疑念がふたつとも伝わってきたからだ。



おじさんはクロックスのような靴を履いていた。その中の右足の小指が痛んで仕方がないんだと、俺に見せて訴え始める。たまたま俺も数か月同じ場所に痛みがあり、靴とこすれないように樹脂製の小さなパッドを貼っていた。なのでおじさんに靴を脱いでもらい、俺の足のやつを貼って、

「これできっと大丈夫」

と俺は請け合った。請け合う以外、どうすることも出来なかったのだ。



するとおじさんは両手で何かをすくって肩にかける仕草をしながら、聞き取れない単語を繰り返す。聞いていた3人の女性陣も、それをよりきれいな発音で伝えようとするのだが、いかんせんよくわからない。

「ウェア・ユー・ベーシング?」

何度も聞いてようやく、どこで風呂に入っているのかと俺に聞いているのだとわかった。しかし意図はまだ不明だった。俺はとりあえず答えた。

「遠くのカラテペです。11時間くらい行ったところの」

するとダウディおじさんはがっくりと肩を落とし、首を弱々しく振ったあと、もう一度何かを振りしぼるように顔を上げた。

「今日はどこで入るんだ?」

「えっと、たぶんビディビディまで行って、MSFの施設かどこかで、だと思いますが」

おじさんはビディビディと聞いてまた悲しい目をしたが、そのまま俺を見つめて嘆願した。

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