中国の「監視社会化」を考える(3)──市民社会とテクノロジー
ニューズウィーク日本版 / 2019年1月11日 19時0分
ここでいう「道徳(公共心)の科学的解明」とは、道徳的な善悪の判断や正義(感)といった、それまでは哲学とか倫理学の対象だと思われていた領域に対して、科学的な方法によって扱うことができる、より具体的に言うと進化心理学や認知科学の枠組みを用いて、その成り立ちを説明しようとする議論が次第に広がってきた事態を指します。
そういった理論の中でも代表的なものとして、いわゆる「心の二重過程理論」があります。これはエイモス・トベルスキーと共に「プロスペクト理論」の提唱者として知られ2002年に共にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンによる『ファースト・アンド・スロー』と言う本で一般的にもよく知られるようになった議論で、行動経済学による知見がそのベースとなっています(カーネマン、2012)。
二重過程理論は、人間の脳内に「システム1(速いシステム)」と「システム2(遅いシステム)」という二つの異なる認知システムを想定します。前者は演算能力をそれほど必要とせず、迅速な判断が可能、そして自動的かつ無意識的かつ非言語的に機能します。それに対し後者は、より多くの演算能力を必要とし、意識的・言語的な集中を要するシステムです。そしてこの二つのシステムは、人間がその環境に適応する上で必然的に進化してきたものだという説が次第に有力になっています。
つまり、自動的・無意識的に働くシステム1の方は、個体というよりも種、あるいは遺伝子の利益を最大化するように作動する、脳の古い部分による処理システムです。ただし、このシステムは融通が利かず、環境のちょっとした変化に柔軟に対応することができないため、しばしば個体を危険にさらすような誤りを犯します。一方、脳の新しい部分により作動するシステム2は、個体の利益・生存可能性を最大化するように、環境の変化に対してもより柔軟に対応できるような性質を兼ね備えている、というわけです。
ただし、通常人間はこの二つのシステムを自在に使い分けることができるわけではありません。特に、個体の利益を守るために合理的な判断を行うシステム2をきちんと作動させるためには、かなりの訓練や努力、集中力などを必要とします。油断をするとより「楽に作動する」システム1の方が優勢になり、非合理的な誤りを犯すことになりがち(ヒューリスティック・バイアス)なのはそのためです(吉川、2018)。
進化心理学や認知科学の成果によって明らかになってきたもう一つの重要な知見として、一般の人々が行う道徳的な善悪の判断は多くの場合「システム1」に依存している、というものがあげられます。
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