韓国の埋もれた歴史「在日同胞留学生スパイ事件」が、いま掘り起こされる
ニューズウィーク日本版 / 2019年1月16日 17時0分
当時の在日韓国・朝鮮人の間には朝鮮総連と民団(在日本大韓民国民団)のイデオロギー対立はあったものの、日本に住んでいる限り多様な思想に触れたり、書物を読み仲間と闊達な議論を交わす自由は保障されていた。
またその頃は、韓国の金大中元大統領が東京滞在中に拉致・誘拐され、韓国では民主化を求める詩人の金芝河に死刑宣告が下される時代でもあった。そして
日本のメディアでは、朴正煕独裁政権の悪行が比較的詳しく報道されていた。韓国の現状をそのまま伝えるニュースを通して母国の現実に接した在日韓国人学生たちが糾弾デモを行うのは、当然な怒りの表現だとみることができよう。
と金孝淳氏が語るように、韓国の現状は日本でも報道され続けていた。
中には、自らの渡韓前に留学生が逮捕されている噂を聞いていた者もいた。だがアイデンティティに悩んだ若者が、どんな場所であろうと自身のルーツを知りたいと思うのは当たり前のことだ。それは在日韓国人に限ったものではないし、誰かに咎められるものでもない。
しかし、彼らを待っていたのは決してありふれてはいない、朴鐘哲が受けたのと同様の凄惨な拷問だった。
例えば被害者の1人で京都出身の李宗樹(イ・ジョンス)さん(60)は、京都精華短期大学在学中の1980年に韓国に留学した。ずっと通名を使っていたが、日本人のふりをして生きる自分が息苦しくなっていった。大学に進学した頃「韓国社会を直接経験すれば韓国人として堂々といきてゆけるだろう」と、留学を決意したという。
留学中に同じ大学の在日同胞にデモについて聞かれ、「学生たちが「金日成万歳」と叫んでいるわけではないのに、警察がやたらと催涙弾を撃つのはあんまりではないか」と答えた。この学生の密告により、数カ月後に保安司令部に連行されたそうだ。
日本に住む縁戚が政権を批判する組織に所属していたことからスパイに仕立て上げられ、電気拷問や水拷問などが1週間から10日程度続けられた。ある時は両手の指に電極が巻かれ、通電された。痛みに耐えかねて嘘の自白をすると拷問が止んだため「いいなりになるほかなかった」と、同書で振り返っている。
李宗樹さん自身は同胞との交流を目的に韓学同(朴正煕の独裁政権に反対し、祖国の統一・民主化を求める学生団体)の集まりや、韓日閣僚会談反対デモに参加したことはあったものの、仲間と行動を共にしたに過ぎなかった。
もともと文学が好きで、韓国文学を学び、在日同胞に祖国の言葉と文字を教えたかった。そんな純粋な思いを抱えていた彼が韓国で得たものは、懲役10年の宣告と5年8カ月の矯導所(刑務所にあたる)での暮らしだった。
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