北アイルランドにIRA復活の足音
ニューズウィーク日本版 / 2019年6月6日 12時0分
PTSDと薬物依存の因果関係は立証されている。公式の報告書でも、この10年で北アイルランドでは薬物関連の犯罪や薬物使用が確実に増加したとされる。厄介なのは、違法薬物の売人のネットワークが、カトリック系労働者が多い地域でIRAが権威を取り戻すのに利用されていることだ。
紛争の最盛期には、薬物犯罪の発生率は比較的低かった。これは主にイギリス軍と、北アイルランド警察庁の前身である王立アルスター警察隊がにらみを利かせていたためだが、それだけでなくIRAによる自警活動の効果もあった。
停戦によってIRAが撤退し、治安部隊が解散するなか、非公式の司法制度は崩壊し、その隙間に薬物の売人が入り込み、人々のすさんだ心に付け込むようになった。薬物の急速な広がりは大半の地元住民には歓迎できない変化であり、これによって新たなIRAが草の根から生まれた。治安部隊との闘いは薬物売買との闘いに変わった。
07年の世界金融危機の影響で、北アイルランドの社会状況は悪化し、薬物使用率が増加した。こうして麻薬組織のボスたちが力を手にし、独立国際武装解除監視委員会が「08年以降、IRAの復活が見られる」と報告した事態に至っている。
ブレグジットで状況悪化
08年以降、薬物を取り締まるIRAの過激派組織が新たに生まれ、懲罰の名を借りた暴力事件も頻繁に報告されている。これらの組織は、薬物を根絶して地元の若者を守るという題目を掲げている。だが不完全な司法制度の下では、組織が判事と陪審員と死刑執行人の役割を同時に担い、時には無実の人々の死につながる事態も起きている。
そうした組織を取り締まる警察は、無力感を抱いている。問題の一部は、北アイルランド警察庁が何世紀も前の社会の傷を回復できないことにある。警察庁はプロテスタント側の味方で、イギリスによる統治のために働いていると、住民からは見られているためだ。
「ここに大きな空白がある」と、シーラ党のギャラガーは言う。「北アイルランドの人々は昔から、イギリスのためではなく、自分たちのために働く警察組織が存在しない地元社会では、自警組織に頼ってきた」
こうした社会問題は、IRA復活に拍車を掛けている。その一方で、IRAが政治的な問題に焦点を絞り、状況を悪化させる要因となっているのがブレグジットの問題だ。
16年の国民投票の際、北アイルランドではEU残留派が過半数を占めた。アイルランド共和派は、アイルランドの歴史に関する自己流解釈に沿った物語をつくり出してきた――イギリス政府は、住民の意思を無視して北アイルランドの将来を決めようとしている。自決権を取り戻す唯一の道は、イギリスを離れ、アイルランドとして統一することだ......。
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