民主主義が嫌悪と恐怖に脅かされる現代を、哲学で乗り越えよ
ニューズウィーク日本版 / 2019年8月1日 20時2分
――恐怖をどう定義するか。
最も原始的な感情。人間はこの厳しい世界に生まれたとき、最初の恐怖を感じる。成長すると、無力感を覚える際、恐れを理由に他人をスケープゴートにする。「全部奴らのせいだ。この国には女性や移民がはびこっている」と言う。意味のある抗議や建設的な解決策を探らずに、手近な標的に憤る。
人間はいつか死ぬという宿命、また己の動物性、つまり糞便や体液への直感的な「嫌悪」の背後にも恐怖がある。この事実はあらゆる社会に当てはまる。人は人種的・性的下位集団に「気持ち悪さ」を投影する。社会的従属や差別の大部分は、ほかの集団を極めて動物的と見なし、それをさらなる従属の根拠にすることの上に成り立つ。
月経があり、出産する性である女性はこうした文化の中で常に標的にされ、不快な肉体性を象徴する存在になっている。人種差別の場合でも、黒人は「より動物的」だと言われ、ユダヤ人はしばしば「虫」に例えられた。
嫌悪は無力感や恐怖から生じることもある。例えば、トランプはアフリカ諸国を「肥だめ」と呼び、移民の「蔓延」を語る。男性が女性に怒りを感じるのは、女性がすべきはずのことをしないから。つまり男性を支える役割を拒むからだ。女性たちは職場で権利を主張し、性暴力やセクシュアル・ハラスメントで訴えることもいとわない。
一方で時代は変化している。敬意を持って女性に接するとはどういうことか、理解している男性も大勢いる。
――左派は、恐怖の言説を拡散していると保守層を非難しがちだが。
無責任な言説は右派だけのものではなく、責任感のある保守派は数多い。(『恐怖の君主制』では)トランプを民主党の政治家ではなく、ジョージ・W・ブッシュと対比している。9.11テロ後、ブッシュは非常に注意深く、責任感を持って発言した。犯人は捕まえるが、ある宗教や集団全体を悪と見なすことはしないと語り、民衆の感情を責任ある形でコントロールした。
――その点で特に優れた手腕を発揮した指導者の例を挙げてもらえるか。
フランクリン・ルーズベルト大統領は民衆の感情を導く上で、驚くほど慎重で責任感があった。アメリカ人の貧困層に対する見方を変えることが不可欠だと理解し、彼らは尊厳ある人間であり、怠惰ではなく社会的変動のせいで苦しんでいることを示そうとした。
そのための手段として、ニューディール政策を通じて芸術家も起用した。例えば(写真家の)ドロシア・ラングは、アメリカの貧困を極めて印象深く切り取った作品を残している。
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