大阪城のエレベーターは当時「復元」のあるべき姿とされていた!...名古屋城の「ホンモノ」を問い直す
ニューズウィーク日本版 / 2024年5月15日 11時5分
古川はこのプロジェクトの途中で退任してしまったため、完成した鯱鉾の最終形態に彼の考証の成果が十分に反映されなかった部分があったようで、そういう点には容赦ない批判を浴びせている。
そんな時代考証の塊のような専門家だから、鉄筋コンクリート造やエレベーターなどという話には卒倒してしまいそうなものだが、そうではない。
「本来木造建築を踏襲するは復興の真意であるが現代科学の肯定は此伝統的構造を破却せずにはゐない」と述べ、次のように断言する。
「大正末年に及んで現代化学は鉄筋混凝土(コンクリート)の如き理想的建築材料を生んだ。......此時に当りて本天守の如き永久性を持つ記念建築が時代の寵児たる此科学的最強にして且つ最も経済的なる鉄骨鉄筋混凝土を主材とせずして如何なる材料を他に求むべきや。...今後我国における古典建築の『レストレーション』は恐らく此材料に依って木造の『イミテーション』が行はれるものと信ずるのである。」
ここからは、「鉄筋コンクリート造、エレベーターつき」が、「復元」の理念に反するどころか、むしろ新たな時代の「復元」のあるべき姿としてイメージされていたことが窺われる。
それはちょうど、バッハの鍵盤曲の演奏について、往年の大ピアニストたちが、ピアノという、バッハの時代には存在しなかった、より進歩した楽器で弾くことで、さまざまな表現を引き出し、「ピアノで弾くバッハ」の豊かな文化を形作ってきた歴史を思い起こさせる。
天守建築の「レストレーション」についての古川の予言も的中し、その後の時代、多くの天守建築をこのような形で復元する動きが日本中に引き起こされた。名古屋城もそのひとつだった。
このことは、「復元」の概念やオーセンティシティのあり方自体、それぞれの時代の価値観や感性と関わりながら形作られ、また変容するものであるということを教えてくれる。
そうであるなら、バリアフリーの考え方やら、VR、メタバース等々、少し前まで想像すらできなかったような文化が生まれているいま、新しい価値観や感性に見合った復元の概念やオーセンティシティのあり方をわれわれ自身が今後いかに構築してゆけるかを考えるべきなのではないだろうか。
オーセンティシティの概念が問い直されているのは、建築物の保存や復元の場面に限った話ではない。
同時代の楽器や演奏法によって、バッハやモーツァルトの曲の作曲当時の姿を復元する古楽演奏の世界では、クラヴィコードやチェンバロなどの古楽器での演奏が盛んになる一方で、その「オーセンティシティ」の要諦は、実は過去の演奏の忠実な再現などにはなく、むしろその根柢にあるのは現代を生きるわれわれの価値観や感性にほかならないという考え方が出てきている。
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