ライシ大統領の死後、イランと中東情勢はどう変わるのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年5月28日 15時10分
スコット・ルーカス(国立大学ダブリン校教授)
<大統領が死んでも「イスラム共和国」体制は不変だが、国民の不満は高まりイスラエルの攻撃というリスクが>
大統領と外相を同時に失ったイランの政治はどこに向かうのか。そもそもイブラヒム・ライシ大統領とはどんな人物だったのか。これでイランは、そして中東全域の情勢は一段と不安定になるのだろうか。中東問題に詳しいアイルランド国立大学ダブリン校のスコット・ルーカス教授に聞いた。
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■ライシはどんな人物だったのか
初代最高指導者ルホラ・ホメイニ師の忠実な弟子だった。1980年代に法曹界で出世し、政治犯への量刑を決める「死の委員会」の一員として頭角を現した。
この委員会はイラン・イラク戦争の終結した88年に数千人(正確な人数は不明)の収監者に死刑を科した。人権団体の推定では、少なめに見積もっても約5000人の男女が処刑され、人道に対する罪と非難されている。ライシ自身は死刑宣告への個人的関与を否定しているが、ホメイニによる宗教的な指示を根拠に、全ての処刑は正当なものだったと述べてもいる。
ライシは司法府副長官、検事総長、さらに司法府長官を歴任した。不正を厳しく取り締まる指導者というイメージを形成しながら、体制に反対する勢力の粛清にも熱心だった。2016年には莫大な資金を動かす慈善団体アスタン・クッズ・ラザビの「管理人兼議長」に指名されている。
21年6月には大統領選に出馬して勝利し、国政トップの座を保守強硬派に取り戻した。まずは予想どおりの展開だった。なにしろ最高指導者アリ・ハメネイ師の「お墨付き」があったから、宗教界の指導層は一致してライシを支援し、ライバルたちを蹴落とした。
■国家体制への打撃はあるか
ライシはハメネイに忠実な存在とされ、代わって汚れ役を引き受ける場面が多かった。政界では凡庸で力不足と評されがちだったが、それでも次期最高指導者の有力候補と見なされていた。
しかし、彼が死んでもイランの国家体制に大した影響はなさそうだ。もともとハメネイと革命防衛隊、そして宗教的強硬派の意思を代弁するだけの存在だったからだ。
むしろ厄介なのは、今度の臨時大統領選で身内の争いを最低限に抑えることだろう。もちろん改革派や中道派の候補は排除し、抗議行動は徹底的に抑え込むはずだ。
■事故後にハメネイは「国政に混乱はない」と語ったが......
その声明は、最高指導者が国民に「混乱」を避けるよう呼びかけたものと理解すべきだろう。思い起こせば、09年の大統領選後には開票結果をめぐって全国各地で抗議行動が起きた。あのときは大方の予想を裏切って現職マフムード・アハマディネジャドの勝利が宣言されたので騒乱状態となり、何千人もが逮捕された。街頭で、あるいは収監先で何十人もが命を落とした。
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