SNSにおける教養は「人を殴るための棒」...民衆に殺される時代に「ジャーナリズムの未来」はあるのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月12日 9時0分
とはいえ、こんな状況でも日本人は文章をよく読む方だ。2023年の日本人は、ネットの文章を大量に読んでいる。文字主体のSNSであるX(旧ツイッター)の利用時間は日本が世界一で、日に平均九分も使っている。
ここから概算すると、日本人は年に164万文字も投稿を読んでいるようだ。米国の51万文字、英国の69万文字に比べて、圧倒的である。
だが、そのSNSにおいて教養とは、人を殴るための棒である。まず、誰かが知識をひけらかす。すぐに、別の誰かがそれを引用して「お前は物知らずだ。正しくはこうである」とやり返す。偉ぶった人間がピシャリとやられるとスカッとするから、投稿は一斉に拡散される。
当初の「誤った意見」を投稿した人間には、千を超す非難が投稿される。中世の公開処刑のように、みなそれを楽しむ。
教養は、いまや正しさを証明するための武器だ。偉人の文献は「私の方がソクラテスを理解している」「いや、誤読ですよ。何でソクラテスを読んだのに、そんなこともわからないんですか?」と殴り合うためにある。
その風潮を揶揄して「ポリコレ棒=ポリティカル・コレクトネスで他人をぶん殴る棒」というスラングまで生まれる始末だ。教養の効用のひとつに自分の考えに疑問を抱き、自己の内省を促すことが挙げられたが、今は逆である。そして、それに悪びれもしない。
今年、とある漫画家がSNSで交わされる激しい中傷に耐えかねて亡くなった。それについて、私が個人的な怒りをXで表明した。
なぜ、軽い気持ちで誹謗中傷ができるのか。ブラウン管に話しかけているわけでないし、相手にその言葉は届いてしまうのだぞ。画面の向こう側にいるのは、人間だというのに。といったコメントに対し、すぐ返事がついた。
「安全圏から石を投げるのは最高の娯楽だからしゃーない」
なるほど、その石とやらは、新約聖書で姦淫した女性に投げられる石と同じである。こいつはまいったね。人権意識が、中世超えて古代であられるか。
と、さんざん庶民の代表ぶって偉そうに書いてしまったが、私が端っこを陣取るジャーナリズムこそ、学閥の世界である。私や同輩も、出身大学は慶應やら早稲田やらと、いけ好かない大学の出だ。
彼ら・彼女らにすれば、私もまた「優雅に文章で善や美意識を語る富裕層」に見ているに違いないし、いつか「何かを誤読した罪」で殺されるのは、私であろう。
SNSの登場によって日本はゆるやかな文化大革命を迎え、架空の罪をでっちあげては、相手へ自己批判を強いる。かつては、糾弾する声と我々の間に編集部があり、我々を守ってくれた。
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