農耕開始から国家誕生までの4000年に何があったのか...デヴィッド・グレーバーの遺作『万物の黎明』の自然科学研究への影響
ニューズウィーク日本版 / 2024年8月7日 10時30分
可食であるかどうか置いておいて、愛でて育ててみたくなるという動機は個人的には同意できます。種を捨てたらそこに同じ実をつける木ができたというハプニングも栽培化(Domestication)に大いに寄与していると思いますが、採取同様に栽培も最初は楽しいホビーだったのだと想像しています。
松田 豊かな狩猟採取生活には、知識と経験をもとに、毎年変化する状況に応じて工夫するベンチャー企業のアイデアマン経営者のような能力が必要です。
4000年かけて動物、植物の遺伝子構造と形態を変える家畜化(飼い馴らしDomestication)が進み、最終的には圧倒的な生産性を達成して、国家形成の基盤となったという説明が1つあり得ます。しかし、それでもやはり効率の悪い耕作をあえて選ぶ動機が今一つわかりません。
おそらく面倒な作物や家畜の世話や見張りなどの仕事が好きで得意な人が相当数いたのではないかと想像をします。いずれにせよ、4000年の間にいろいろな試みや失敗があり、農耕と国家との関係もシンプルなストーリーには回収できない複雑な歴史があるということなのでしょう。
では、私たちの専門である自然科学研究分野から、農業と国家については何か言えることはないでしょうか。
小埜 遺伝学的なフレームで国家の進化は問いを立てられますが、国家規模の再現性実験を実行して検証することは困難です。
しかし、ヒト以外の生物群集の研究は参考になるかもしれません。共生や寄生など生物間相互作用の多様性を見ると、国家を維持するような、略奪や交易といった別のやり方を生むのはヒトに限らないからです。みな他者に依存して生きています。
それでも人間の強烈なところは、農耕技術の発明だけでなく、利己的な目的で家畜や作物そのものを品種改良したところです。これは急速な食料調達の集団拡大の基礎にもつながっています。私の研究材料である醸造用酵母の振る舞いを見ているとそう思います。人為選抜によって野生種と生理的に大きく異なっています。愛玩動物もそうですね。
松田 生物進化の側面からはどうでしょうか?
小埜 『万物の黎明』が人類史研究の標準的なアプローチなのか、それとも異端なのかを判断する術を持ち合わせていませんが、植物特化代謝を研究している身からすると強いシンパシーを感じます。
自然科学研究には「モデル」に対して「非モデル」という比較がかつてありました。最初に詳しく調べられたものが「モデル生物」で、それと共通するものが重要であるという視点です。先行する知見に縛られてモノを見てしまうという陥りがちな罠があります。
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