ハン・ガンのノーベル文学賞受賞はなぜ革新的なのか?...精密な文章で綴る「声の不在」
ニューズウィーク日本版 / 2024年10月15日 14時10分
ジェニ・ラモーン(英ノッティンガム・トレント大学准教授〔ポストコロニアル文学〕) for WOMAN
<117年間の文学賞の歴史の中で18人目の女性受賞者となった韓江(ハン・ガン)。まさに受賞にふさわしい作家である理由について>
詩人が書く小説は、しばしば鮮烈で軽快な散文となる。韓国の作家韓江(ハン・ガン)の『菜食主義者』(邦訳・クオン)はまさにその典型だ。
2024年のノーベル文学賞を彼女に授与するという決定に、本作が大きな影響を与えているのは間違いない。その「詩的で実験的なスタイル」が、ガンを「現代散文における革新者」たらしめていることを、スウェーデン・アカデミーは授賞理由に挙げている。
1970年生まれのガンは、ノーベル文学賞を受賞した初の韓国人作家であるとともに、117年間の文学賞の歴史の中で18人目の女性受賞者となった。
『菜食主義者』は16年にイギリスの国際ブッカー賞を受賞。23年には長編小説『別れを告げない』(邦訳・白水社)がフランスのメディシス賞(外国作品部門)を受賞するなど、世界の権威ある文学賞を多数受賞している。
ガンの作品で最も読まれているのが『菜食主義者』だ。英訳は15年にイギリスで、16年にアメリカで出版されたが、当時、特にイギリスでベジタリアンや菜食主義に傾倒する人が急増した時期と重なったたことも時宜を得た。
この小説は菜食主義を推奨するものではなく、肉食者ばかりの環境でベジタリアンになることがどのように影響するかを考察するものだ。
主人公のヨンへはある日を境に肉を食べなくなる。そんな彼女に夫が示す嫌悪感、彼女を性的対象として求める姉の夫の執拗さ、豚肉を強引に食べさせようとする父親の暴力に対し、ヨンヘが身体の主体性を維持しようと奮闘する様がつづられている。
『菜食主義者』はベジタリアンを反資本主義的でエコフェミニズム的な反乱として描いており、女性の身体に対する家父長的な支配への深い洞察となっている。
3部構成となっている本作はそれぞれの部で語り手が切り替わる。ヨンヘは決して語り手とはならない。この「声の不在」こそが、今回の受賞につながったのだろう。「肉体と精神のつながりに対する独自の認識」を持ち、「目に見えない規範」や「人間の生命のはかなさ」を伝えようとするガンの姿勢が評価されたのだ。
ガンが書く詩や短編も、小説と同様に革新的で重要であるが、あまり知られておらず、テーマも曖昧だ。
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