世界の若者を苦しめる「完璧主義後遺症」...オードリー・タンは「ジグソーパズル」にたどり着いた
ニューズウィーク日本版 / 2024年11月14日 17時10分
自身が喜びを感じるのは、成功して他人に評価されたときではない。さまざまなコミュニティに参加して、仲間と共に一つのテーマを研究し、成果に貢献できた分だけ、自身には価値があると感じられる。そのことを、独学を通して少しずつ悟っていった。
個人ではなく大勢で問題を解決する時代に
私たちがふだん教育について語るとき、「誰かが正しい答えを独占している」と感じがちだ。しかし、私たちが暮らす世界では状況が絶えず変化している。新たに生じた状況は、これまでの知識体系のなかには組み込まれていないため、既知の対処法をそのまま当てはめて処理することはできない。
模範解答も存在せず、検討と議論を重ねて対処していくしかない。私たち一人ひとりが、いわば知識の空白を埋めるジグソーパズルのピースのようなものだ。ジグソーパズルに、自分が1位だとか誰が2位だとかいう競争の概念はない。一つひとつ、つながり合っていくだけだ。
この考え方を知識論に当てはめてみると、私たち一人ひとりの主観や経験こそが、何物にも代えがたい貴重なものだと言える。全員が同じ内容を100パーセント正確に暗記する必要はない。テクノロジーが発展した現代においては、それはコンピューターが代わりにやってくれる。だが、コンピューターには絶えず変化する世の中に対応する能力はない。
「模範解答の暗記」から「ジグソーパズル」への転換は、オードリーが独自の知識体系を築いていくための出発点となった。自らプログラムを組んだサイバースペースに仲間を集めて交流を促すだけでなく、自分自身も積極的に他人が作ったネットコミュニティに参加して「ジグソーパズル」を楽しんだ。
この「問題解決の責任を一個人に負わせない」という学び方には大きな利点がある。新しい壁にぶつかったときに、その重責は自分一人の肩にかかっていて、なんとしても自力で解決しなくてはいけないと考えずにすむ点だ。サンデルが指摘する「完璧主義後遺症」にかかることもない。
私たちの世界では、もはや個人の力だけに頼って問題を解決することなど不可能なのだ。
『オードリー・タン 私はこう思考する』
オードリー・タン [語り]
楊倩蓉[取材・執筆]
藤原由希[翻訳]
かんき出版
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オードリー・タン
元台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。台湾初のデジタル大臣、台湾の無任所大使である。1981年、台湾台北市生まれ。幼少時から独学でプログラミングを学習。14歳で中学校を自主退学、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語Perl6開発への貢献で世界から注目を浴びる。トランスジェンダーであることを公表。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなどの人工知能プロジェクトに加わる。その後、ビジネスの世界から引退。蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、デジタル政務委員に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担った。2019年、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出。台湾の新型コロナウイルス対応では、マスク在庫管理システムを構築、感染拡大防止に大きく寄与した。
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