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物流倉庫のバイトのあとに『柔らかい個人主義の誕生』を読む...私たちは「かわいいが社交に置きかえられた世界」を生きている

ニューズウィーク日本版 / 2024年12月25日 11時5分

このようにして、こわばった集団主義というべき、アイデンティティ・ポリティクスが流行する。統計的に描かれたわたしたちをわたし自身だと思い込むことによって。ひとつの集団に誠実にコミットするあまり、個人は集団のなかに溶解していく。

しかし、このような集団主義は、個人のさらなる個別化、ひとりで過ごす快適さと矛盾しない。わたしたちのなかで出会うのは、もうひとりのわたしにほかならないからだ。無数のわたししかいない空間は、とても快適だし、深刻な孤独を癒してくれる。

Vershinin89-shutterstock

ところで、猫型ロボットを見ると、ツイッター(現X)で連載中の人気漫画『ちいかわ』を思い出してしまう。猫やウサギのような小さくてかわいいキャラクターが、どうやら文明が滅んだあとの世界で、草むしりをしたり、モンスターを討伐したりして、暮らしている。

擬人化された動物たちは男性や女性といった性を感じさせない。幼い子供のようだが、性的興奮を起こさせないように徹底している。柔らかくて丸いフォルムはだれも傷つけず、暴力性を感じさせない。健気で純粋でか弱いので、ケアしたくなるパターナルな本能をくすぐる。

怒られる要素が見当たらないどころか、表象に敏感で傷つきやすい不幸なわたしたちの理想的な自画像である。たしかに資格検定の試験があったり、ラーメンを食べたりお酒も飲んだりして、まるでわたしたちのようなのだ。

しかし、そんなかわいいキャラが暮らすのはダークな世界だ。鎧をつけた人間に管理され、怪物に襲われたり、石にされたり、なかには怪物そのものと化す仲間もいる。だが、残酷な世界観ははっきりと示されず、ほのめかされるだけ。

そのため、読者は数々の伏線をつなぎ合わせて作品世界の謎を解くことになる。しかし、その考察の手つきはQアノンといった陰謀論者にそっくりとなってしまう。

かわいいが社交に置きかえられた世界。つめたくてさびしい管理社会を隠すためのかわいい化。野宿者を排除するための公園のトゲトゲの突起物が、排除の意思はないと表現するためのアートとなるように。しかし、その残酷さをあばこうとすれば、どこか陰謀論じみてしまう。そんなかわいい世界。

山崎氏が重きを置いた「社交」にアッパーなサロン文化を感じないといえば噓になるが、どうもぼくたちは社交のやり方を忘れつつあるようなのだ。ビジネスの世界から社交が失われたのであれば、別のかたちの社交のあり方を見つけなければならない。そのような交流から知が生まれるのである。

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