9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山谷の「現在を切り取る」意味
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月23日 6時45分
印南敦史(作家、書評家)
<日本三大ドヤ街として知られる、東京の山谷。しかし、闘う労働者の姿はもうなく、街の姿は変容を遂げている。山谷で地域医療に従事するライターがその歴史をたどり、そこに生きる人たちの姿を描写した>
『山谷をめぐる旅』(織田忍・著、新評論)の著者は、短大卒業後に編集プロダクションや出版社勤務などを経てフリーランスのライターになったという人物。
しかし生活の維持が困難だったこともあり、35歳で看護学校に入学。卒業後は看護師として働くことになった。現在は訪問看護師として、山谷エリアを中心とした地域医療に従事しているそうだが、そんななかで「山谷」について「いつか書いてみたい」と思うようになったそうだ。
山谷と言えば、東京の台東区と荒川区にまたがる日雇い労働者の街である。大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町と並ぶ、日本三大ドヤ街の1つだ。
初めて山谷を訪れたのは、今から一五年ほど前になる。寄せ場に関する知識はほとんどなく、大阪の釜ヶ崎にあるNPO法人「こどもの里」でボランティアをしていた友人から少し話を聞いたという程度のものだった。 その後、取材を通して何度も山谷に足を運ぶようになり、思いがけない出会いに助けられ、写真集『三谷への回廊 写真家・南條直子の記憶1979-1988』を編集・執筆し、自費出版するに至っている。この一冊は、南條直子の視座を大切にしてまとめた作品なのだが、いつからか、今度は自分の目で見た「山谷の記録」を残したいと思うようになった。(「プロローグ」より)
写真集の刊行後は山谷を歩くことがライフワークとなり、やがて彼の地の「訪問介護ステーション コスモス」で働き始める。山谷にどっぷり浸かり、さまざまな方向へと人脈を広げていくことになった。
山谷はカオスな場所だった。地べたに座り込んで酒を酌み交わす。呑んだくれて道端に倒れる、立ちション、ゴミの投げ捨て、「モラル」という言葉を説明するのがばかばかしくなるようなところである。さらに、この街で暮らす人たちには地方からの流れ者が多く、家族から逃れてきたような人も珍しくない。こういう世界にいると、どこかほっとするような気持ちがした。(「プロローグ」より)
完璧主義で、自分が精神的に追い詰められたときも救いの手を求めることができなかった著者でさえ、「とりあえず生きてるし、まあ、いっか」と思えるような何かが山谷にはあったのだという。すなわちそれが、本書を執筆する動機だったわけだ。
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