木造の腐りやすさが、逆に日本の古社の「建築の形式」を守ってくれた...日本とドイツの「幻の技法」にも改めて思いを馳せる
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月1日 11時0分
以上のように、日本の建築界は、ずっと昔から、腐る木造との闘いに力を尽くしてきたから、かつて本誌(76号)で述べたように、オーストリアで小さなゲストハウスを作った時、かの地の共同設計者から「日本では木は腐るのか?」と聞かれ、返す言葉が見つからなかったのである。
共同設計者が手がけたウィーン中央駅の展望台は高さ50mの木造にもかかわらず、屋根もなく角材を鉄骨のように組みボルトで止めただけの作りであったから、確かにオーストリアでは木は腐らないようだが、しかし、そんなむき出しの木造が50年以上の星霜に耐えられるものなのか。
この疑問に答えてくれたのは、丹下健三が手がけた代々木プールの構造設計に参加した経歴を持つ故川口衞(まもる)先生で、ミュンヘンには〈イスマニングの無線木造塔〉なる高さ164mもの木造通信塔があり、遠くから眺めると鉄骨造にしか見えないが、近づくとただの木造で、防腐剤も塗らずにボルトで締めただけの作りに、木の腐る国から来た構造設計者としては信じられぬ思いがしたという。
作られたのは1934年で、ヒトラーの台頭した時期にあたり、第一次世界大戦の敗戦を機に既に始まっていた鉄材不足を補うためだった。
見に行こうと思いながら日を送るうちに、グラグラ揺れて周囲の住民が不安がるから壊されたが、ニュースにもならないし、かの地の構造技術者が学術調査をすることもなかったらしい。
1930年代のドイツには190mもの高塔もあったというから、50年しても100年しても木は腐らないらしいが、見ないことには......とモヤモヤしていると、ポーランドに1つ残っているとの情報を得て、2年前、壊されぬうちにとすぐ訪れた。それが〈グリヴィツェのラジオ塔〉で、190m、164mには劣るが、111mもただごとではないし、遠目には鉄骨、近づくと木造というのも同じ。
幸い、これはポーランドの歴史的記念物として末永く残されるようだ。なぜなら、第二次世界大戦前までこの地はドイツ領で、この木造塔を使ってヒトラーは反ヒトラーのニセ放送を流し、それを理由にポーランドに侵攻しているからだ。
これだけ垂直方向に高い木造の構造が可能ということは、横に倒して水平方向にも長い建物が原理的には可能となる。高さに相当する水平の長さのことをスパン(柱と柱の間の距離)と呼び、ドイツの建築界は木造の大スパン構造に取り組み、ジベルなどの小鉄片と小さな木造部材をうまく組み合わせて少量の木材で大きなスパンを可能にする。
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