スパイを国民のヒーローに...プーチンの巧妙な「心理作戦」の真相
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月16日 9時41分
ブレンダン・コール(本誌記者)
<ハイブリッド攻撃を繰り出すロシアの工作員。正体がばれて外国で逮捕・収監されても、帰国すればセレブとして持ち上げられ政界への華麗な転身も>
ロシア大統領のウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)は冷戦末期の東ドイツ(当時)で、スパイとして働いていた。
あの頃、スパイは「目立ってはいけない」存在だった。しかしウクライナへの軍事侵攻を始めてからのプーチンは、むしろ自国の工作員をヒーローに仕立てることに熱心なようだ。
昨年8月1日には首都モスクワの空港で、NATO加盟国スロベニアから送還されたアルチョム・ドゥルツェフと妻のアンナを出迎え、大きな花束を渡した。
この夫妻はスロベニアで服役中だったが、多国間スパイ交換の一環で釈放された(同時にロシアの殺し屋1人とアメリカの海兵隊員とジャーナリスト各1人の交換も行われた)。
任務を遂行し切れずに外国で捕まったスパイが、なぜ送還された祖国で歓待されるのか。たぶんプーチンが彼らを英雄に仕立て、表舞台に立たせることで国内外へのPR効果を狙っているからだ。
ロシア出身の歴史家セルゲイ・ラドチェンコ(米ジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院教授)に言わせれば、「プーチン体制下でロシアのスパイは新たな尊敬を勝ち得て、今やジェームズ・ボンド並みの輝ける英雄となっている」。
1970年代のアメリカには客観的事実の報道よりも自分の主観で事実を語り出すことに熱心な「ゴンゾー・ジャーナリスト」がいたが、今は(裏の工作だけでなく)自ら公衆の面前にしゃしゃり出て脚光を浴びたがるスパイがいる。
ロシアの元工作員を殺害した容疑で英警察に追われている実業家のルゴボイ(右)も国会議員に MIKHAIL SVETLOV/GETTY IMAGES
いい例が、昨年12月にFBIが任意の事情聴取における虚偽供述の容疑で逮捕したニューヨーク在住でロシア国籍の女性ノマ・ザルビナだ。
彼女は米国内で活動する反プーチン派の集会に「専門家」として頻繁に顔を出し、ロシア連邦の解体とシベリア独立を求める「シベリア合衆国」を支持する発言をSNSで繰り返していたインフルエンサーだが、それは仮の姿で、実は数年前からロシアの連邦保安局(FSB)の指示で動いていたとされる。
あるいはマリア・ブティナの場合。彼女は米共和党支持団体の大会などに出席して有力政治家と接触していたが、2018年に正規の登録なしで外国政府の代理人(つまりスパイ)として活動していた罪で有罪判決を受けた。
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